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二手に別れ、お茶子ちゃんは上から、私は下から飯田君と"核"を探す。脳内で何度も飯田君と遭遇した瞬間に彼を包囲するシュミレーションを行いながら二階の部屋を全て調べ終わった頃、お茶子ちゃんが通信を送ってくれた。デクくん名前ちゃんごめん!と切り出された彼女は既に飯田君に見つかり、じりじりと追い詰められているらしい。「場所は!?」「5階の真ん中フロア!」即座に周囲を見渡して、頭の中に叩き込んだ地図と照らし合わせる。階段は走ればすぐだけど…目の前には窓。開けられる。――飛び降りられる。
きっと窓から飛び出して、空中にパネルを作って5階まで駆け上がってしまう選択肢もあるのだろう。窓から私が飛び込めば、私の個性を知らない飯田君は驚き、そこには隙が生まれるはずだ。元々の私たちの目的は"核"だし、この授業は"核"の争奪がメインだ。決して戦うことがメインじゃない。でも、それでも――…緑谷君の判断力や動きを理解していて尚、どうしたって気になるのは自分の個性を使いこなすお茶子ちゃんより、リスクの大きい個性を抱えた緑谷君の方。
―――これで、私の行動に言い訳が出来る。
…私は緑谷君に、自分の存在をアピールしたい。結局行き着く欲求はそこだった。授業よりハリボテの核よりなにより、私は緑谷君に苗字さんと呼ばれたい。ありがとう、だとか助かった、だとか。言われたい。言われたら、きっと嬉しい。少しでもこっちを振り向いてくれる可能性が高校生になったばかりの、私の頭を占拠している。
窓を開ける手に躊躇いはない。取り付けられたカメラをちらりと横目に、私は窓から飛び出した。――まず、一枚!足に痛みが走らない程度の場所にパネルを広げ、その上に着地して斜め下に見える一階の窓の目の前にパネルを広げて再び飛ぶ。訓練というのもあって一階の窓には鍵が掛かっていないから――オールマイトの説明が、ぼんやりと耳元で繰り返された。窓枠の中に体を滑り込ませて、さっと周囲を見渡す。右側、何かが動く音が聞こえて思わずたじろぐものの、影はこちらを振り向こうとせず、一方に向かって歩いていく。…緩やかに動く影と微かに荒い息。……爆豪君だ。
窓の外のパネルを消して、指の感覚を確認する。…大丈夫、まだ体力にも余裕がある。爆豪君がどうしてゆっくり歩いているのかは分からないけど、恐ろしいまでに殺気立った姿は背筋をぞくりと震わせた。緑谷君。みどりやくん。助けなきゃ。守りたい。
「緑谷、くん…!」
気がつけば走り出していた。爆豪君の先回りをしなければならない。入試一位の戦闘力…緑谷君と爆豪君のあいだには、私が入り込めない二人だけの何かがあるのだろう。かっちゃん、と特別な呼び方で爆豪君を呼ぶ緑谷君の目に灯っていた闘志が目の前にちらついて心が痛んだ。二人には二人の戦いがあるのかもしれない。あったかもしれない。それでも私は足音なんて気にしないで、必死にフロアを駆け抜けている。どこ、緑谷君。どこにいるの――…三つ目の角、ここには見当たらない。四つ目の角、ここにもいない。五つ目の角、
「いた、緑谷君!」
「苗字さん!?」
どうしてここに、と焦ったような緑谷君の前には巨大な篭手を構えた爆豪君が立っていて、構えたその篭手から今にもピンを引き抜こうとしている。「当たんなきゃ死なねえよ!」無線で繋がった、モニタールームから見ているオールマイトにでも言ったのだろうか。発したその叫び声と共に、目線が緑谷君を捉え、同時に私を捉えたようだった。援軍かよ、吐き捨てられたのは恐らく私ではなくて緑屋君か。どうでもいい。どうだっていい。間に合ったんなら、それで。「ごめんね、緑谷君」戦いの邪魔してごめん。やるべきことを無視してごめん。即座に作り出した四枚のパネルが緑谷君を囲い込み、もう四枚でもう一周囲い込む。二枚で蓋をして、これで十枚。両足分のパネルで囲われた緑谷君が、私に何か言っている。ごめん、ごめん聞こえない。自己満足で守らせて、あなたを。
――爆豪君が、ピンを抜いた。
耳をつんざく爆発音がパネルを通り越して脳を揺らした。個性そのものの音は掻き消すけれど、個性がきっかけとなって発生する音はパネルを通してしまう。両手分の十枚、二枚分の厚さのパネルを並べたいつもより厚い障壁にかき消されていく爆発は、まごうことなき爆豪君の個性の力だ。消すと同時に体力が奪われていく。…持久力や体力にそこそこの自信があるとは言えど、体中の力が抜けていくのを感じた。――それだけの威力の爆発。
一瞬の爆発だったかもしれない。それでも周囲を破壊し、パネルの範囲外をばらばらに吹き飛ばし、天井さえ崩した爆豪君の力は落ちてくる瓦礫と立ち込める煙に証明されている。ハハ、すっげえ、と爆豪君の乾いた笑いが聞こえたと同時に私は思わず膝を付いた。集中が切れる。…パネルが煙に溶けて、消える。
「苗字さん!」
「緑谷君、無事?怪我は?」
「苗字さんこそ!っ、……麗日さん状況は!?」
手を伸ばして私の肩を支えてくれる緑谷君に、こんな状況だっていうのに、ときめいてしまうのはどうしてだろう。きゅう、と鳴いた心臓をそれどころじゃないと叱りつける。「無視かよ、すっげえな」…地の底を這うような恐ろしい声は、私にも向けられているようだった。そりゃあとっておきの爆発でダメージを、緑谷君ではなく私にしか与えられなかったんだから不機嫌にもなるだろう。
頭を掻き毟った爆豪君が、窓側柱の方へ踏み出す。「じゃあまた、」「緑谷君!」爆発音が響いた次の瞬間には、空中に飛び上がった爆豪君が私たちの目の前に現れる。
避けられない、パネルも間に合わない――…立ち上がれない私を爆豪君から守るように、緑谷君が腕を構えた。どきりと音を響かせる心臓は、緑谷君にときめいたのか。それとも真っ直ぐ突っ込んでくる爆豪君が、口角を上げて嗤ったからだろうか。とにかく私は緑谷君の目の前で、爆豪君が左の手のひらの爆発から軌道を変更したのを見たのだ。残りのありったけの体力を総動員して腕を伸ばす。爆豪君と目が合う。
――鋭い目は、敵意だったかもしれない。それは最も恐れていたものだったかもしれない。けれど伸ばした右手の指先から出現した五枚のパネルは脳内で描いた通りに四角いボックス形で爆豪君の左手の爆発を包囲し、爆発をパネル内部に収めた。苗字さん!、と緑谷君が呼んでくれた気がした。テメェ、と目の力だけで殺せそうな勢いで、爆豪君が私を睨む。それも一瞬で、私を振り返った緑谷君に再び爆豪君が腕を振り上げた。殴らせたくない!……強く思う意思は、ぼやける視界と共に緩やかに遠のいていく。
(2015/06/05)