星屑のなみだ
―――ふわふわと、漂っているような。
どうしてだか酷く、悲しい気持ちで満たされていた。目からはとめどなく涙が溢れ出していて、自分の意思では止めることが出来ない。悲しい、寂しい、辛い、いっそのこと消えてしまいたい―――……意識することがほとんどなかった、身を切るような感情の波に体中の全てが支配されている。寂しい、悲しい、辛い、消えてしまいたい。どうして、どうして。喉からは嗚咽が漏れていた。私は、誰かの名前を呼んでいる。
ちらついたのは銀色と、優しく細められたアメジストの瞳だった。やっと大好きだと気が付けたその人は、知らない女の人に微笑んでいた。私にしか見せたことのない表情で手を差し伸べて、その人は女の人に笑ってみせている。女の人も嬉しそうに、気恥ずかしそうに笑っている。二人はとても幸せそうだった。どこかで見たことがあるような、星屑のようにきらきらと光る、お星様の瞳が幸福を叫んでいる。アメジストの瞳は、優しくそれを見守っている。
ああテリーが私以外の、他の女の人を選んだのだと気が付くのに時間は掛からなかった。テリーの背丈はまた少し伸びていて、所作も少し柔らかくなっている。その女の人を大事にしていることが、手に取るように伝わってくる。そっか、そっか…私はテリーと、一緒にいられなくなったんだ。あ、だから私、こんなに寂しくて悲しくて切なくて、消えてしまいたくなってるんだね。縮めた距離が開いていって、もう戻れないところまで行ってしまったんだ。……私、何かテリーにしたかな。テリーが私に何かしたかな。それともお互いの気持ちが、ゆるゆると離れていったのかなあ。分からない、分からない。分からないけど私の心臓は今、ナイフでぐさぐさと刺され、抉られている。苦しい、苦しいよテリー。私はあなたが好きなのに。…あなたのことが大好きなのに。ずっと一緒に居たかったのに。
「テリー、愛してる」
「……ああ、知ってるさ」
私のことが見えていない二人は、手を繋いで愛の言葉を囁きあっている。ぎしりぎしり、心臓が音を立てて軋んでいる。誰か誰かだれか、お願い私を助けてください。こんなもの、こんなもの見たくないよ!テリーは、…だってテリーは私が……好きだと言ってくれた。あの腕に私は抱きしめられた。……それはもう、全部過去になってしまった?「……やだ」ぽつぽつと、地面に滴り落ちるそれは星屑の形をしていた。「やだ、やだよ」ころころと音を立てて、真っ白な地面に転がり落ちるそれはこんぺいとうみたいだ。
(行かないで)
声にならない声と、嗚咽と、ころころと落ちていく黄色い星屑。それは拾い上げて口に入れたって、きっと甘くなんてないんだろう。行かないで、行かないで、お願いテリー。縋る声はテリーに届かない。二人はお互いのことしか見えていなくて、私の方には気が付いている様子はない。ああ、なんて惨めなんだろう!慰めてくれる手も優しく頭を撫でる手も頼もしい背中ももう、私にはない。テリーの隣という居場所を失った私は、一体どこに帰ればいいのだろう。
ナマエ、と呼んでくれた声が耳元で優しく響いていた。ナマエ、ナマエ、―――声がだんだん、近づいてくるような……?優しい声はやがて、焦ったような声に変わっていく。私が魔物に襲われた時、一番に駆けつけてきてくれたテリーのことを思い出した。……思い出したらまた、涙が止まらなくなる。「……ナマエ」テリー、大丈夫だよ。目の前の敵に集中しなきゃ。「…ナマエ!」…お願い名前を呼ばないで。心臓が苦しい、苦しいよ。
「―――おいナマエ!」
**
見開いた目からぼろぼろと水滴が滴り落ちていた。「……テリー?」寝ぼけ眼で、今まで見た中で一番苦しそうだったナマエの表情は苦しみから驚きに塗り替えられ、まるで状況が分からないと言わんばかりに俺を見つめている。枕が酷く濡れていた。…一体どんな夢を見れば、こんなに泣くことになるんだと問うてやりたい気持ちを必死で抑える。お前を泣かせたのは誰だと聞くのも、必死で押さえ込んでナマエの手を取る。
冷え切った手のひら、小刻みに震える身体。やがてナマエは小さく、夢でよかった、と呟いた。「……テリー、ごめんね」「…別に」消え入るような謝罪の意図がよく分からずとも、縋るようにシャツの裾を握られては抱きしめてやらずにいられない。怖かった、怖かった、苦しかった―――…ランプに照らされたナマエの涙が、シャツに染みを作っていく。
「……テリーとね、一緒にいられなくなるの」
「……」
「テリーが知らない女の人と、幸せそうで。私はそこにいなくて」
「………夢だろ」
「泣くしか出来ないの。辛くて苦しくて消えてしまいたいのに、何も出来ない」
「………」
「ごめん、……困らせてるって分かってるけど、でも」
「いいから、いくらでも吐き出せよ」
抱きしめた腕に力を込める。小刻みに震えていた身体がゆっくりと、呼吸を整えて静かになっていく。ナマエは俺が他の女と一緒にいたという夢を見て、嫉妬するでなくただただ悲しむだけなのか。心臓がギリギリと締め付けられる感覚を味わいながら、今にも消えてしまいそうな身体をここに繋ぎ止めておきたくて、ナマエの指先に指を絡める。
「…テリー、ごめん」
「謝るなって」
「……ありがとう」
「…俺はどこにも行かない。誓う」
「……ん、知ってる」
「知ってるんなら不安になるなよ」
「ふふ、そうだったね」
目元を指先で拭ったナマエが、ようやく口元を綻ばせた。手放すはずがない、手放すはずがないだろう。この世にたった一人、目を離したらすぐに消えてしまいそうなこの存在の、手を、絡めた指先を離すつもりは毛頭ないのだ。……きっと俺が同じような夢を見たら、嫉妬で狂いそうになるんだろうな。
「ねえ、テリー」
「…なんだ」
「手、繋いだまま寝ていいかな」
「……好きにしろ」
「うん」
そっと抱きしめた腕を離しても繋いだ手は解かれることはない。安心したように胸元に寄りかかるナマエの瞼に、我慢出来なくなってそっと唇で触れた。願わくば二度と、愛しい人に悪夢をちらつかせることのないように。
星屑のなみだ
(2015/08/06)
TOP画像の個人的解釈+素敵な展開のご意見そのままニヤニヤ受け入れさせて頂いた、そんなルピナスの番外編でした。書かせてくださってありがとうございます!
ルピナス好きだと言われるたびに舞い上がり舞い上がり調子に乗りまくる私がおります!
夢の中の女の人は、夢主の少し未来の姿だったりとか