魔剣士 0
※独自解釈+ご都合主義+閲覧注意の描写有
※ルピナス主ではなくこの話だけの夢主です
※夢小説ですが夢小説ではありません
:1
人間は淘汰されるべき生き物であると思っている。
その存在がこの世に在る、その意味を見出すことが出来ないでいる。
なぜ人間はこの世界を我が物顔で好きに出来るのか。いついかなる時に、その権利を手にしたというのか。この世界の裏側に太陽の光の届かぬ魔族の世界があることを、知っていてなお人間は、太陽を分け与えようとしない。魔の者は光の無い世界で、生きるものと決めつけている。
エルフという種族も、魔族から見れば人間に近い生態系を持っている。数の少なさ、その魔法力、特別な力を人間は自分達のものにしようとする。自分達の所有物と成らないのであれば、人間はそれらを不要だと切り捨てる。何度も繰り返すが、いつ人間はそのような権利を手にしたのか。
目の前で腰を抜かし、ルビーの涙を流すエルフの女は人間の犠牲となった存在だった。差し伸べた手が握られた瞬間に、人間は淘汰されるべきだと、それを現実に成すべきだと、そしてそれを果たした暁には、理想の世界が目の前に広がっているはずだと確信したのだ。不要なものを消し去り、ルビーに触れられる者だけが存在する世界へ。
:2
言葉は返すが、エルフの心は開くことがない。エルフは物憂げに窓の外を見つめ、何かに耳を澄ませている。何を聞いているのかと聞けば、曖昧に笑ったその女は、美しい声を聞いているのだと言った。今だ、戸惑っているのだとも。
「ピサロ様、お疲れでしょう」
「いや」
首を振り、ピサロと呼ばれたその魔族が、部屋を出ていく足に躊躇いはない。エルフの女――ロザリーはピサロと呼ばれる、魔族の王に救われたこと。保護されたこと、与えられた部屋で守られ、暮らすことを受け入れはしたものの、今なおその事実に戸惑っていた。戸惑いは意思を揺らがせる。ロザリーは未だ、ピサロに心を開けていない。
それを一番よく知っているのは、恐らくピサロであっただろう。ロザリーに心を開いて欲しいのか、欲しくないのか。どちらかと問われればピサロは、さあ、と言葉を濁しただろう。全ての魔族の頂点に立つ王といえど、分からないことはある。未知の感情については、尚更。ただ手を差し伸べたのも自分、掴まれたその手を離したくはないと思ったのも自分。ピサロは不安定な心のうちを、確認するように目を閉じる。
――美しい歌声が聞こえると、耳を澄ますロザリーのあの横顔を正面から、見たい。
:3
ロザリーが耳を澄ませていた先、森の奥深くに一人、足を運ぶ。
所謂聖域という場所であった。そこには人間とエルフの血を混ぜた、この世のどこにも居場所を見つけられなかった生き物の最後の末裔が住んでいるようだった。湧き水を飲み、果実を食し、伝えられた歌を歌い、美しい銀細工の笛を吹く。まだ幼いその少女は汚らわしきその血を身に宿しながらも確かに、誰もの心を開かせるであろう美しい声を持っていた。その身体の半分は忌むべきもの、その身体の半分は守りたいものと同種のもの。
捕らえるのは容易かった。美しき歌声を持ったそれは、剣を持つにはまだ少し、早すぎる年齢であったのだろう。悪いようにするつもりは無かったが、戯れのような幻惑魔法に一瞬だけ惑わされたピサロは自分をどうするのかというそれの問いかけに、何も返さなかった。途端、何一つ言葉を発しなくなったその生き物は魔族の王が、何度歌えと命じようとも、音を発することを拒んだ。歌わない鳥を、誰に捧ぐことができよう。
――道具に反抗されることほど、歯痒いものはない。
ピサロは、その生き物が胸元に抱える、銀の笛を取り上げた。途端、幼子の顔で返してくれと、何でも言うことを聞くと懇願するその生き物はようやく、ようやく素直な道具としてピサロの用意した籠に入った。目の前で紡がれる望みの歌声に、ロザリーは一瞬だけ戸惑ったものの、すぐにピサロの気遣いだと受け入れ、部屋に遣わされたその小鳥を喜んでみせた。その小鳥が自分と同じ種族が、自分を虐げていた者と同種の血を流す者と交わり、生まれた生き物だと知ってなお。ロザリーは、王が自分のためにと用意したそれを喜ぶほか無かった。そして確かにロザリーは、悲しみを帯びたその歌声に聞き惚れたいと望んでいたのだ。
:4
ロザリーはやがて、ピサロに心を許していった。ロザリーの傍で、ロザリーの望む時、望む瞬間にいつでも歌う、ロザリーの小鳥も時の流れの中で背を伸ばし、声を少しづつ変え、ロザリーのために歌を増やしていった。歪な出会いではあったものの、ロザリーは小鳥に心を許し、小鳥もロザリーに心を許した。やがて、ロザリーは小鳥に名前を与えた。
「ロザリーは」
「…今日も、お変わりありません」
ロザリーがピサロを待ち切れずに眠ってしまった宵闇の中で、ロザリーの元へ戻ってきたピサロにロザリーが変わりないことを報告するのが、ロザリーの為に啼く小鳥――ナマエの役目となりつつあった。そうか、といつも通りに頷き背を向け、デスパレスに戻るべく部屋の外へ歩き出す魔族の王の指先からナマエは目を逸らさない。
「先程の音色、見事でした」
「……そうか」
ピサロは笛を嗜むようになっていた。幼かった小鳥の手から、小鳥の声を引き出すために魔族の王の手に渡ったその笛を、どう吹くか、どのような音色がロザリーの耳に響くのか。教えたのは、ナマエであった。ピサロの奏でるその音色は美しく、妖しく、ナマエさえも聞き惚れるようになっていた。
ロザリーは今日のように限界を迎え、眠ってしまった時以外は笛の音が聞こえるとすぐに起き上がり、ピサロ様がご無事だわ、と嬉しそうに笑う。いやむしろ、夢の中でピサロの笛の音に心を躍らせているのかもしれない。枕に顔を埋め、幸せそうに口元を緩めるロザリーが微かにピサロ様、と呼ぶものだからピサロは目を細め、ナマエはどうしたらいいのかわからなくなりその場で立ち尽くす。ナマエは二人の主の、そんな表情を見るようになった頃から、自分の存在意義について疑問を抱くようになった。私はここに必要だろうか。もう、必要であった時間は終わったのではないだろうか。貰った名を抱え、この部屋を出るべきではないだろうか。
「我が主、ロザリーより私の記憶を消したいのですが」
「何故だ」
「もうこの部屋に、小夜啼鳥は必要ないと存じます」
「……」
「代わりに貴方が、我が主にその笛から紡ぐ音色を捧げればいい」
「…ほう、私に押し付けたい、と」
「貴方が私に押し付けたのでしょう。我儘な王よ、私は今、ここではお役御免です」
「ここから去り、どこへ行くつもりだ?」
「さあ、どこへ行くのでしょうね」
さようなら、月光のカーテンに溶けたその言葉を差し向けられたのは当然のようにピサロではなく、主と呼ぶロザリーにでもなく、ピサロの指先に捕まった銀の笛だった。ナマエは踵を返し、戸惑うピサロナイトの横を通り塔の階段を下りてゆく。ピサロは遠ざかるその足音を聞きながら、眠るロザリーの額に腕を伸ばした。目が覚めたときそこには、ずっと共に暮らしていた存在を失ったこと、それすらも知らされない哀れなエルフだけが残る。彼女は悲しみにその瞳から、ルビーを流すことすら出来ない。
:5
何かを失ったこと、それだけを知っているロザリーは愛おしい笛の音にやがて、不安を感じるようになっていった。知らない誰かと同じように、ピサロが目の前から消えていく、そんな悪夢に囚われるようになっていた。ロザリーの不安を知らぬまま、ピサロは着々と人間を淘汰するべくロザリーに見えぬところで、その準備を進めていた。
やがてロザリーの元に、どこかで見たことのある銀の笛を携えた勇者が訪れる。ロザリーはその笛をどこで手に入れたのか勇者に聞くこと叶わぬまま、倒れたピサロナイトが光の粒子に溶け、魔界へ戻っていく姿を眺めていた。愛する存在がすぐに部屋の入り口を守る騎士を呼び戻すと信じ、雲に隠れた月に祈った。どうか、ピサロ様が無事でありますよう。――どこからともなく懐かしい歌声が、聞こえたような気がして目を開ける。
嫌な足音が響いていた。連なる鎖の音がじゃらじゃらと、恐怖を煽る音でロザリーの脳を揺らした。ひたり、ひたり。死の予感ががルビーの深紅を濁らせ、相対したいくつかの目はぎらぎらと刃を伴い、美しい宝石に亀裂を入れていく。割れたその断面からルビーの赤色が流れ出し、赤い海をつくりだした。ひたり、ひたり。赤い海を瓶に詰め、刃の瞳はぎらつきを増し、愉しい、たのしいと笑う。
涙色の視界に染まったロザリーの頭の奥には、誰かの歌声が響いていた。ごめんなさい、小さな懺悔は海の底に沈んでゆく。ロザリーは誰かの名前をどうしても思い出せなかった。ただその誰かが子供に読み聞かせるお伽噺の絵本を見て、まるで私のよう、と呟いたことだけはよく覚えていた。皇帝に捧げられ、美しい歌声で啼き、しかしその役目を奪われ、姿を消したその小鳥の物語の結末を――…思い出せないまま、視界は最後に刃の月光で埋め尽くされた。
:6
奪われていたことに疑問を抱き、奪い続けた男は、やがて得た特別な存在を奪われ、最後には狂ってしまったようだった。勇者の旅路を語り継ぐ者として、勇者の共をするようになった小鳥は世界の果てで、かつては美しい男の姿をしていたそのバケモノを見上げて笑った。
「たくさんのものを、奪い続けた罰を償わせてあげましょうか」
:7
ロザリーの視界が月光の刃で埋め尽くされたその瞬間に、部屋に飛び込んできた小さな影は恐るべき速度で呪文の詠唱を終え、ロザリーに群がる醜い生き物を惑わせた。そのまま強制的に眠りの中へと叩き込み、こうなった原因を探るべく記憶を覗き込み、全ての元凶の存在を知った。後に一歩遅れて飛び込んできた、勇者たちに醜い生き物を人間の世界で裁いてもらおうとそれらを預けた。小さな影――ナマエは精霊の声に耳を傾け、今であればまだ、主であった存在の命を救うことが出来ると知る。
迷わずナマエはロザリーを気球に乗せると言った。戸惑う仲間達を収め、ナマエの好きにさせると言ったのは勇者であった。全速力で世界樹を目指しながら、気球にてナマエはロザリーを抱き、傷を塞ぐための呪文の詠唱を始めた。手伝おうかと声を上げる神官を拒み、一人でやらせろと強く意志を示した。やがて傷口を塞ぎ終えたところで、気球は世界樹に到着する。意識の無いロザリーを抱き上げたナマエは一人、気球から世界樹の枝の上へと降り立った。――それのある場所を、ナマエは知っていた。世界樹の美しさは、血の中に記憶として刻み込まれている。
大きな桃色の花の蕾が、今にもその中に秘められた生命力を解放しようとしていた。蕾の隙間から微かに流れ出す、美しい粒子がロザリーの体に降り注ぐ。自然と共に、世界樹と共に、生きるエルフはここから来て、ここに還るのであろうとナマエは目を開いた、主の横顔を眺めながら思う。地の底でもう一人の主が取返しのつかないことになる前に、二人を再び巡り合わせねばならない。
――そして、償わせねばならない。
:8
異形の姿から元の姿に戻り、涙を流すロザリーを抱き止めたピサロは進化の秘宝の影響か、記憶が曖昧な部分が多いようだ、と。馬車の中で共に振動に揺られながら、何かを言いたげにこちらを見るピサロとロザリーを横目に、ナマエはそう受け取ることにした。
「勇者様、私はここで」
「…本当に、ここでいいのか」
「いいんです」
「俺は、お前も大事な仲間だと思ってる」
「……その言葉だけで、私は十分に報われますよ」
どうかあの人の償いを、見届ける役を押し付けさせて。
曖昧に笑った吟遊詩人の心臓は、確かに軋んでいるようだった。勇者はそれに気づき、腕を伸ばし、その頭を撫でる。あなたは本当に忠誠を捧げるに値する人だ、とナマエは思わず口走っていた。「では、…私はこれで。あなたの歌を作り、後世に伝えて参りましょう」「変なことは歌うなよ」「ふふ、それはありのまま、私の感じたままに」「…不安だな」出会った頃はぴくりとも笑わなかった勇者のその笑顔がロザリーのものに重なり、一瞬だけナマエの心が揺らぐ。それでもナマエは仲間を振り返れども、ピサロとロザリーだけは振り返らない。
「…ピサロ様。私、あの子に」
「………」
「伝えなければ、いけないような気がして……でも、何を」
言葉に迷い、何も言えなくなるロザリーの隣でピサロは銀色の笛を見つめていた。あやかしの笛と名付けられたその笛は、元は別の名前を持っていた気がした。
20160622
小夜啼鳥なルピナス主の子孫の話でした
ピサロはここからルピナス主に出会い、同じような笛を持つ者に出会います。
6→4で繋がっている前提で書いているので、6の時間4の時間からそれぞれ同じ笛を持ち出しています。故にヒーローズであやかしの笛が二本同時に存在することになります。
ルピナス主がそもそもハーフ、さらにそこから人間と交わりエルフの血を薄めていくみたいです。4世界では居場所がありません。小夜啼鳥な彼女は混ざった血の最後の末裔。ピサロに連れられる前に親を無くしていますが、精霊の声に頼り生き延びていたみたいです。4勇者、4仲間の幸せを願っています。エビルプリースト戦前に離脱、後は世界をふたたび巡り、生まれた場所に帰り、一人死んでいくイメージです。