魔剣士4
「あ、」
「……」
ばったり、廊下で鉢合わせたのは次の日のこと。おはようと言えばいいのか、無視をすればいいのか。でも仮にも仲間に対して、無視っていうのはどうなんだろう。私は私、それで昨日は結論を出したわけだから……しっかりとお互いの目を捉えた目線を、どうすればいいのか分からずに私はその場で足を止める。ピサロは、目線を動かそうとしない。
数秒ほど、見つめ合っていただろうか。先に動いたのはピサロだった。…テリーのものとはまた違う銀色を揺らめかせ、彼は私との距離をその大きな歩幅分で一歩、詰める。――昨日のことは言わない方がいいのだろうか。言った方がいいのか。それともピサロから話を振ってくる?ぐるぐる、頭の中で回るそれらを表に出さないように私はピサロを見つめ返す。上手く呼吸が出来ないのは、まだ体調が万全ではないからか。それでも昨日よりはいくらかマシな切り返しが出来るだろう。とにかくきちんと冷静に、私は…まあ純粋な人間ではないのかもしれないけど、それでも別に特別だなんてことはない、勇者でも光の一族でも魔族の王様でもなんでもない至って普通の吟遊詩人なのだと説明を、
「以前から気になっていた」
「……へっ?」
「貴様のその笛だ。どこで手に入れた?」
威圧するでもなく、淡々とピサロは言葉を紡いだ。そういえば初めてピサロに助けられたときも、彼は私の腰の…この笛をずっと見ていた気がする。そっと腰に手を伸ばして、笛を手の中に滑り込ませた。美しい文様の入った笛は、あの優しい占い師を思い起こさせる。
「貰ったの」
「…誰に」
「私たちの世界の、偉大なる占い師に」
「そうか」
「……納得するの?」
「お前の世界も私の世界も、魔物の顔は変わらんだろう」
似ているものが存在するのもおかしくない、と言ったピサロはどこからか笛を取り出した。彼の指先に絡め取られているその笛は、私の笛とよく似ているようで、少し違う。――ああ、やっぱり笛だった。ハープか笛か、眠る前に少しだけ考えたのだ。やっぱり笛だった。「ピサロも、笛を吹くんだね」「……嗜む程度だ」眉を潜めて私を見下ろしたピサロの不思議な色の瞳が私を捉える。
直ぐに意図を理解出来たのはどうしてだろう、よく分からない。それでも私は笛を片手に踵を返してデッキへ上がる階段への道を選んだ。後ろからピサロは付いてきていて、人気のないデッキに私たちは二人で上がる。今日もいい天気で、これからシャムダが地上を闇に染めようとしていることが分からないぐらいに空は青い。闇の力が強まっているのは分かるけれど、…今日は最高の、吟遊日和だ。笛の音がどこまでも、どこまでも響きそうな青い空に思わず目を細めた。――私は私。これは揺るがない真実だと知っている。
振り向くと、目を閉じたピサロが笛を唇にあてていた。やがて吹き込まれ、風に乗って私の耳元を掠めていくその流れるような音色はとても美しく、妖しい。ピサロらしい音だなあ、なんて考えながら私は音を見るために目を閉じる。この人なりの配慮はとても心地よい謝罪だった。――変なことを言って悪かったなんて、そんなこと言いそうにないもんねえ。口元が緩むのを止められないまま、私は再び紡がれる美しくもどこか切ないその音に心を預けていく。ピサロはこの音にどんな思い出があるのかな。――大切な人を想って創ったとか?魔族の王は、例えばどんな人を好きになるんだろう。
思いを馳せながら、私はゆっくりと目を開ける。透き通るような青色の空に、音が吸い込まれていくみたいだ。うん、私もピサロに見せたくなったみたい。私の世界を、私の色を。私がどんなものなのか、きっとその旋律だけで音が伝えてくれるはずだ。
(2015/04/07)
ピサロと音で通じ合う話でした。
最終的にデッキの入口にみんな集まって聴いてるといい
多分テリーは最初からデッキにいて聞いてますね