「置いて行きたい」
ナマエは俺のことを意識し始めているんじゃないのか。
考え始めるとそれは止まらなくなった。ナマエのためにもレックのためにも(少なくとも、俺がレックに勝つまでは)考えないようにしていたのだ。ナマエに見惚れたこと、ナマエを目で追いかけること、ナマエを……レックの傍から、攫ってやりたいと思うこと。今ならその願いに、手が届きそうだと考えると止まらないのだ。
ナマエのことを知っているのが俺だけのこの世界で、独占欲が膨らんでいくのは止められなかった。ナマエが俺を頼るのを嬉しいと思ったし、レックだとか、向こうの世界のあいつらのためにも、ナマエを守らなければならなかった。…いや、レックたちのためじゃない。自分のために、俺はナマエを守らなければならなかったんだろう。ナマエを傷つけるわけにはいかなかった。一人にさせてもいけなかった。確かに理解していた、たったひとつ。
もう二度と、あんな泣きそうな表情をさせるわけにはいかない。
「…俺は、お前を置いて行きたい」
「それでテリーが帰ってこなかったら、これが最後のお別れかもしれないね」
確かにそうだが、それならお前は傷つかないだろうと言ってやりたかった。バカなこと言わないで、と囁くようにして俺を睨むナマエの姿は、夜の闇に溶けて今にも消えてしまいそうだ。…弱いくせに、出しゃばるなと悪態を吐いてやりたかった。失う恐怖は、首の後ろを常にぴたりと付き纏っていた。それだけ恐ろしく強い闇の力が迫っている。闇の力はデスタムーアの時に感じたものとよく似ていた。
ナマエはデスタムーアと戦っていない。レイドックで、俺たちの帰りを待っていた。そうしてくれたらどれだけ気が楽だろう。…闇竜との戦いが始まれば、背中を気にする余裕なんて無くなる、はずだ。俺はナマエを守れなくなる。守ってやれなくなったら、どうなる?闇竜を討ち果たし、元の世界に帰る時――隣にこいつが居ることを、保証してくれるやつが何処に居る?
「ありがとう、テリー」
「……ナマエ」
「でも私だって、テリーを守りたいと思うんだよ」
「っ、俺は」
「決めたことが沢山あるの」
一歩、一歩。距離を詰め、腕を伸ばしたナマエの口元は緩んでいた。指先が頬に触れて、ナマエはゆっくりと目を閉じる。「…一緒に帰ろう」囁いた、その声を聞き逃すはずもない。
「――お願いだから、私に伝えさせてね」
頬に触れていた腕が落ち、服の裾を掴んだ。震えているそれを、そっと包み込んでやる。結局怖くて震えているくせに、覚悟だけは決まっている、と。…守りたい、ともう一度呟いたナマエの肩を抱き寄せた。バカだろ、と心の中で吐き捨てる。…一緒に帰りたい、か。
二回目はない。二度、失うことがあってはならない。
「約束してやる」
「…本当?」
「姉さんにドランゴ、押し付けたままだしな」
「ドランゴ、すごくテリーのこと心配してるだろうね」
「レックもお前を心配してるだろ」
「うん、すごく心配してると思う」
「……だろうな」
ナマエの揺るぎないレックへの信頼を、俺は超えることが出来るのか。
(2015/04/19)
本編17 ちょっとしたおまけみたいな