魔剣士 1
神鳥レティス。キングヒドラ。ヘルムード。……闇竜シャムダ。
魔法力を徐々に取り戻しつつあると言っても、一度は力尽きた体だ。回復が不完全なうちに動かさない方が良いと全員から釘を刺された私は、次元島で起きたことを思い出しながら一人、ベッドに横たわったまま外を眺めていた。正直体は元の感覚を既にほとんど取り戻している。魔法力だけはじわじわと時間を掛けて私の中に戻っているみたいだけど、体調だけはもう万全の状態に近いのだ。なのにそれを伝えてもジュリエッタはベッドから私を解放してくれないし、こっそり抜け出そうとしてもジュリエッタの部下が私をベッドに連れ戻しに来るし……ああ、いい加減外の空気吸いたいなあ……こんなんじゃ歌を作るにも何も捗らない。何より迷惑を掛けたことをいい加減、きちんと謝りに行きたいのに。…ヘルムードとの戦いのあと、誰が私を運んでくれたんだろう?私はその人に一番迷惑を掛けただろうに、誰もその話をしなかったっけ。みんなとにかく寝てろ、としか…。
気を失っているあいだの私はいわゆる仮死状態だったみたいで、当然のようにぼんやりとした感覚も何も覚えていない。本当、誰が運んでくれたんだろう。力の関係もあるし男の人であろうことはなんとなく…いや、アリーナだったら大丈夫なんじゃなかろうか。私を持ち上げるなんて造作もないはずだ。でもそれだったら魔法力で私を浮かすことだって出来そうだし……どうしよう、本当に誰が運んでくれたんだろう。見当もつかない。
重かったかもしれないし、恥ずかしいからテリー以外だといいなあ、なんて考えながらふと思い出したのは世界樹での戦いのことだった。そういえばあの時、あの銀色の強そうな剣士さんにも迷惑を掛けたっけ。(…テリーにもだけど)あの人のおかげでドラゴンソルジャーから攻撃を受けそうだった私は致命傷を免れた。――結局、あの人にもお礼、言えなかったな。
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「ジュリエッタ、そろそろ動いてもいいでしょう?いい加減退屈で死にそうなの」
「魔法力がどれぐらい戻ってるか、きちんと見たあとに決めてあげる」
「大丈夫だって!ちゃんと戻ってきてるから」
「…どうかしら」
肩をすくめたジュリエッタが、私の額に指を触れる。「熱は無いみたいね」「そりゃあ元気だもん」「次元島から帰ってきて、バトシエに戻るなり倒れたのは誰かしら」…返す言葉が思いつかなくて、私はしょうがなく黙り込んだ。だって体力とか精神力とか色々、普段は酷使しない分消耗してたし…
「でもナマエ、あなたって不思議ね」
「急にどうしたの、ジュリエッタ」
「…普通は魔法力が尽きたらしばらくは動けないはずよ。…なのにあなたは魔法力の回復が普通の人間より早いみたいだし、何より吟遊詩人なのに僧侶や賢者並みの回復呪文を使いこなすわ」
「あー……」
「普段はあまり見ないけど、短剣もそこそこ使いこなせるみたいじゃない」
「いや、それはそんなに得意じゃないけど、」
「あなたも一度、全部ひん剥いて調べてみたいわね」
「何も出てこない!出てこないから!」
うふふ、なんて妖しく笑うジュリエッタを誤魔化そうと必死で手を振って話題を逸らした。「そうだ!今日、アクト達は?」わざとらしかったかもしれないけど、服に手を掛けられたら流石に抵抗するしかないのだ。必死に彼女の腕を抑える私に、不服そうな顔をしながらもしょうがないといった様子で手を離してくれるジュリエッタにほっと息を吐き出す。
「親衛隊長さん達?……そういえば、世界樹に向かうって言ってたわね」
「世界樹?」
「兵隊さん達が騒がしかったのよ。怪我人に障るから黙らせたけど」
「そういえばうるさかったかも。…ありがとう、ジュリエッタ」
「良いのよ。いつも助けられてるし、ね」
目を細めて優しく笑うジュリエッタの手が私の頭を優しく撫でた。「…体力も戻ってきてるみたいだし、艦内なら自由に歩いても良いかしら」「本当!?」「ただし無茶はしないこと。…体を冷やすからデッキもダメよ」「うん!約束!約束する!」嬉しくなって何度も首を縦に振ると、ジュリエッタは酒場に(アクト達と一緒に、世界樹へ向かわなかった)みんなが居ると教えてくれた。
ジュリエッタにお礼を言って、私は早速部屋から飛び出す。久しぶりのバトシエ!久しぶりのルイーダ!酒場の扉を開けるとテーブルでのんびりお茶を楽しんでいたゼシカとフローラさん、マーニャとビアンカさん。それと四人に挟まれたヤンガスが、ぱっと顔を上げて私の元に駆け寄ってきてくれた。ディルク様はエルサーゼに、残りのアクト、メーア、アリーナとクリフト、それにテリーは世界樹に向かったみたいだ。
でも、こんな時にどうして世界樹なんだろう。聞いてみるとどうやら、世界樹の…しかも調和の祭壇の近くで、謎の人影を兵士の一人が見たのだという。銀髪のいかにも強そうな剣士だった、という言葉にアリーナとテリーが釣られたのだとか。
「面倒だからアタシは行かなかったの」
「あんまり大人数で行っても気がつかれそうでがすからな」
「それよりナマエ、元気になって良かった!心配してたのよ」
「そうですわ、ジュリエッタさんが大きな機械を運び込んだものですからテリーさんが酷く動揺していらして、」
「フローラさん!…それは彼のために黙っておきましょう?」
「えっ何それ、アタシ聞いてないわよ!」
なになになに、と身を乗り出したマーニャのせいで私は上手くフローラさんの言葉が聞き取れずに終わってしまう。「…銀髪の剣士、かあ」テリーも銀髪の剣士だけど、テリーの場合は青色で表現されていたっけ。それにしても世界樹で銀髪のいかにも強そうな剣士なんて、私を助けてくれたあの人みたいだ。…アクト達に付いていけば、ついでに会えたりしたんじゃないだろうか。そうしたらお礼を言うチャンスと笛や音楽について、話せるチャンスがあったのかな。ああもう、自分のレベルが足りてないことをこんなに後悔するのも久しぶりだよ!
(2015/03/24)
アクト達は、背の高い一人の男の人を連れてバトシエに帰ってきたみたいだった。気になるから一緒に行くわよ!ってマーニャに引っ張られてアクト達のところに行ってみると、あの銀髪の剣士さんが少しだけ顔をしかめてクリフトとアリーナに向かい合っていた。
それを見たマーニャがあら、なんて素っ頓狂な声を上げるからアクト達がこちらを振り返る。なんでピサロがここに居るの、って不思議そうに聞くマーニャに答えたのはアリーナだった。どうやら調和の祭壇に居た影の正体は、マーニャやアリーナ達と同じ世界から来たという彼のことらしい。
ピサロと名乗ったその人は、自らを魔族の王だと言った。そんな風には見えないし、普通よりも綺麗な男の人だなあって思うぐらいだ。調和の祭壇に向かったアクト達は問答無用で彼と戦わされたらしいけど、なんとかクリフトが説得に成功したみたいで一緒に付いてきてくれることになったのだとか。
目の前でドラゴンソルジャーを一刀両断してしまったのを見た私は、強力な仲間が増えたことをメーアと一緒に素直に喜んだ。アクトも心強い、って頷いている。得意げなアリーナに、クリフトもほっと胸をなで下ろしている。…一人、マーニャだけが私とピサロを交互に見ながら扇で口元を隠して俯いていた。どうしたの、って聞こうとしたけどそれは思いもよらぬ人物の存在に気が付くことですぐに頭の中から消えていってしまう。
私達から少し離れた場所で、非常に不機嫌そうなテリーが壁にもたれてこちらを見ていた。声を掛けようとした私に気がついたのか、テリーはすぐに背中を向けてしまったけど、私はしっかりと見てしまう。
――テリーの手袋から除く腕の一部が、確かに赤く腫れ上がっているのを。