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――雲間から差し込んだ光が、崩れた街と白亜の城を美しく照らし、輝かせる。

シャムダとの戦いをどう唄にすればいいのか、私は酷く悩んでいた。王宮のテラスから見下ろす街は熾烈な戦いの傷跡を癒している真っ最中だ。シャムダに破壊された建物の復興作業は順調に進められていて、同時に仕切り直すためのお祭りの準備も行われている。

見下ろして、まず目に入ったのはアクトの姿だった。城門の近くで兵士達に何らかの指示を出しているけど、アクトは休んだんだろうか。…隣にはメーアの姿も見える。そうか、二人は親衛隊長なんだっけ。ディルク様も玉座の間で街の復興作業の指示を出していた。……驚異は去ったけれど、その後を支えていくのが大変なのはどこの世界でも同じらしい。

ジュリエッタは、シャムダに破損させられたバトシエの修理をしている。アリーナは街を散策したいと言って飛び出して、クリフトはそれを追い掛けていた。多分アリーナのことだから、困っている人を見つけて手助けしてしまうんだろう。マーニャは男探しよ!なんて言ってゼシカの腕を引いていた。二人はメインストリートの方へ向かうみたいだった。抵抗するゼシカはヤンガスに付いてきて、って言っていたからマーニャの計画は成功しないだろう。フローラさんとビアンカさんは、すっかり元に戻った(…と、アクトの言うその言葉を未だ夢みたいに思うけど)魔物達と楽しそうに戯れていた。特にビアンカさんはキラーパンサーに好かれるみたいで、膝に乗せてどこか遠いところを見るような彼女の瞳は揺れていて……元の世界のことを、私も思い出していた。エルサーゼとは全然違うけど、レイドックの城だって美しい。


「ここに居たのか」
「あれ、テリー?もういいの?あの子達は」
「……勘弁してくれ」


はあ、と息を吐き出したテリーは疲れたと言わんばかりで笑ってしまう。――魔物が元に戻ってからというもの、何故だかテリーはやけに魔物に懐かれていた。本人も自覚か思い当たる節があるのだろう。今日は確か……朝から王宮でキングスライムと廊下で押し合っていた。それをゴーレムに挟み撃ちにされて、熱烈なハグを受けそうになったのをなんとか躱して逃げていた。(面白かったから、当然優しい気持ちで見守った)ドランゴの時からなんとなく予想はしていたけど、テリーはやっぱりなんだかんだ優しいところを魔物に見抜かれているんじゃないかなあ。

室内からテラスに出てきたテリーは私の横に並んで、同じように街を見下ろした。最後にシャムダが暴れまわった城の門のあたりの惨状が一番酷いものになっている。でも、それは確かに私達がシャムダを討ち果たした証拠のしるしでもあった。見上げれば優しい光を放つ世界樹。風に乗って舞うその葉の一枚が、城下に落ちていくのを見送る。





―――闇竜との戦いは、壮絶なものだった。

私は今も、あの戦いをどう表現すればいいのか分からないままでいる。全員の連携も、ヘルムードを打ち倒したアクトとメーアの光を纏った斬撃も、シャムダには傷ひとつ付けなかった。…崩れて行く町。そして、追い詰められた私達を救ったホミロンの真の勇気。

光の腕輪から放たれた光がシャムダの闇と衝突し、恐ろしいまでの闇の力は光の腕輪で弱められ、エネルギーの衝突で歪んだ。出来上がった空間は言葉にし難い世界で、目の前にはシャムダが立ちはだかっているのに、私は怖いなんてひとつも思わなかった。きっとみんな、同じ気持ちだった。
ようやく私達を認識したシャムダの攻撃のひとつひとつ、そしてそれに立ち向かうみんなの姿。余計な言葉を交わさなくても、心で通じ合っているなにか。正面だけ見られる安心感は信頼と、絆から成される大切なものだった。…きっと一生、忘れることはないだろう。

みんな、死力を尽くした。疲弊した私達は確かに、アクトとメーアがホミロンと共にシャムダの闇を払い、光で包んだのを見た。光に呑まれ、消えていくシャムダの巨躯を城から顔を出して見守っていた街の住民も、バトシエから援護をしてくれた人々もきっと目にそれを焼き付けただろう。――……光に呑まれて消えていったシャムダと、神々しい光を放つあの世界樹の美しさを。
全員で勝ち取った勝利を目の前の現実として捉えて、歓声が街を包んで……



「ねえ、テリー」
「…なんだ」
「帰りたかったけど、帰りたいんだけど……一緒にいたい、よね」
「………」
「…みんなと離れ離れになるの、嫌だ」


心臓が、ぎりぎりと音を立てて軋んでいた。最後の戦いの前に感じていた別れは、きっともうすぐそこに近づいている。……みんなといると楽しいから…楽しい時は考えることはない。けれどこうしてテリーといると、体中の何もかもが押し潰されそうな感覚を覚える。今この時でさえ、同じ世界にいるのが分かっているのに寂しいのだ。


「…ごめん」
「気にするな」


テリーは顔に出さないけど、何も言っていないのに私の手を握ってくれた。私達はきっと、同じ気持ちだった。ここにいないみんなも、多分。
テラスの柵に顔を伏せると、寂しさが液体になって伝った。テリーはしばらく私の手を握って動かなかったみたいだけど、嗚咽を我慢出来なくなったあたりで小さく唸ったのを聞いた。流石にうっとうしかったのかもしれないと思った途端に手を離されて、(ぐしゃぐしゃの顔は見られたくないなんて思っていた癖に)私は顔を上げていた。次の瞬間、引き寄せられる。あの時みたいに私を抱き締めたテリーは、びっくりするぐらいに優しく私の頭を撫でてくれた。……安心感と、爆発したように湧き上がる不安と、寂しさ。

――バーバラの時のような悲しみは、二度と味わうことがないだろうと思っていたのに。








(2015/03/17)




流した涙はテリーの服を汚したけど、テリーは何も言わなかった。私を抱き締めたまま、テリーはずっと黙っていた。テラスに響くのは、私の嗚咽だけだった。