03


秋さんお手製のシフォンケーキを堪能しながらノートを開く。

参考書の隅の落書きを横目に、フォークを置いてマグカップのミルクティーを一口。ゆっくり味わいながら飲み込むと、大好きな味と温度が身体中に染み渡った。部屋の中には優しい甘さの香りが広がっていて、それだけでも十分に幸せな気分。ああ、レポートやりたくないなあ…キッチンでは天馬君と、その友人たちが勉強会を始めたみたいだ。賑やかな声が聞こえてくる。

中学生は元気でいいな、なんて考えながら音量を抑え目にしたステレオの電源を入れた。賑やかなのはいいけど正直、一定の音で部屋を満たしていないと集中出来ないのだ。夜だと迷惑になりそうで音楽はなかなか流せないけど、まだこの時間帯ならセーフだと思う。


「……どれ聴こう」


立ち上がってベッドの隣の本棚を見上げた。文庫本の隣に居座っているCD達を眺め回す。…古本屋で衝動買いしたものやら、セールでまとめて購入したものやら、雑多に詰まっているCD棚の中を漁るとフィルムを剥がしていないCDまで出てくるんだから驚きだ。一番多いのは私のステレオに目を輝かせた兄が、無理矢理押し付けてきた映画のサウンドトラックやらジャズやらオペラ、某オーケストラのCDやら有名アニメソングだったりと、ジャンルの統一性が無さ過ぎる二十数枚。本当、お兄ちゃんは年頃の一人暮らしする妹をなんだと思ってるんだろう…可愛がってくれてるんだろうとは思うけど。

がちゃがちゃと音を立てながら、レポートがはかどりそうな音楽を探す。(棚の配置が隣の部屋に人がいないこと前提だということと、ここの壁はそこまで厚くないことをこの時私はすっかり忘れてしまっていた)この間買ったの、どこにやったんだっけ…確か棚に並べたんだけどな。レンタル使用済みですっごく安くなってたの、まとめ買いしてそのままどこかに放置…あ、猫の写真集こんなとこに挟んでたんだ。ちょっと見返してみようかな。――うわ!かわいい!


「…おい」
「いいいええええええああああ!?」
「耳障りな音を立てるな。不愉快だ」
「……え!?な、なんで!?」
「ノックはした」
「あ、ああ、それは気がつかなくてごめんなさ……じゃなくて!」
「五月蝿いぞ、女」
「いや確かに私は女なんだけど名前っていうれっきとした名前が」
「この壁はそこまで分厚い壁ではない。隣人に配慮することを覚えるんだな」


とつとつ、ばたん。

背を向けて私の部屋から出ていった、私より少し小さな背中を呆然と見送ったあと、首をゆっくりと動かして可愛らしい猫の悩殺ポーズを見やる。信じない、私は絶対信じない!今部屋に入ってきた隣の部屋の宇宙人は私の疲れた頭が見せた幻覚だ!そうだ、きっとそうに違いない。去り際に十分五月蝿いぞ天馬、って呟いたのも幻聴だと信じることにしよう。ああ、でも本当この写真集の猫可愛いなあ。猫飼いたいな、……うん。


「棚の位置、変えよ…」


1日目:夕暮れ



(2014/12/08)