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「お早う御座います」
「……何故イシガシがここに居る」
「強引な女性にベッドを押し付けられました」


淡々と答えながら器用に箸を使って白米をつまむイシガシを横目に、オズロックは席に着いた。おはよう、と笑顔を向けた秋に一例したオズロックは自ら茶碗に白米をよそう。そして秋が差し出した味噌汁を受け取って、もう慣れた手つきで箸を取り出したオズロックにイシガシは少しだけ目を丸くした。すぐにその目は細められ、穏やかな微笑へと変わる。


「随分馴染みましたね」
「……そうか」


イシガシの言葉が嫌味ではないのを知っているからか、オズロックはやはり強く出られない。天馬のおかげですね、と言葉を続けるイシガシにオズロックは何も言わず白米を摘んで口に運ぶ。気を利かせた秋がキッチンから出ていったのを見送って、イシガシは味噌汁の椀を口に運んだ。初めての味に躊躇することなく、丁寧に、上品に。


「…で?まさかその強引な女性というのは」
「私も先程知りましたが、オズロック様の隣人であると」
「…………。……は?」
「名前、でしたか。深夜11時頃拾われ、そのままベッドで」
「………」
「彼女は床で寝ましたよ」
「……」


目を細めたオズロックが何を考えているのかは分からないが、取り敢えずはオズロックの纏っている剣呑な雰囲気が和らいだのを感じて、イシガシは言葉を切った。何も言わないオズロックの様子を伺う必要も無いだろう。自分の上司として責任感を感じているのかもしれない、とイシガシは考えながらグラスの水に手を伸ばした。


**


あれは蚊に刺されただけ、と何度も繰り返しながら木枯らし荘の扉に手を掛ける。…まさか、オズロックの友達…いや天馬くんが言うのを聞く限りでは部下、って言った方が正しいんだろうか。とにかく私は男の子を部屋に上げて初対面なのにベッドで寝かせてしまったわけで、つまりどういうことかというとやらかしてしまったというわけで……これがお兄ちゃんの耳に入ったらどうなるんだろう。考えるだけで鳥肌が立つよ!

そういえば今月はまだ兄が木枯らし荘に来ていない。月に二回か三回、部屋を訪ねてくる兄は私に構いたいというのもあるだろうけど……と、ここまで考えたところで考えたことを後悔した。こういう時、嫌な予感というのは大概当たるように出来ている。現に開いた扉の前で、揃えられた靴に見覚えがあるのを確認する。あー、これはもしかしなくても、


「名前、久しぶりだな」
「あら名前ちゃん、おかえりなさい」


佐久間君来てるわよ、と優しく笑う秋さんに曖昧な笑顔で頷いておく。ティーカップを手にソファーに座る兄が嬉しそうに私を見た。「この間送った荷物、届いたか?」「毎回言うけど、そんなに送らなくていいんだよ」「可愛い妹のためだろう」今朝思い返したばかりの女顔が、心底嬉しそうに笑うからなんだかんだその笑顔に弱い私は何も言えなくなった。スーツに身を包んでネクタイを締めた兄の姿は確かに格好いいんだけど、うん…私と似ていないし、シスコンだし、甘やかしすぎだし、過保護だし、


「ああ名前さん、やっと帰られたんですね」
「ひいいいっ?!イシガシさん!?」
「昨晩はありがとうございました。寝心地の良いベッドで、ついうっかり…」
「ちょっと待ってこのタイミングでそれ言う!?」


階段から下りてきたイシガシさんの元に駆け寄って咄嗟に口を塞ぐももう遅い。みるみる目を見開いたお兄ちゃんの顔は笑顔が引き釣っていて思わず私の口元も引きつったように歪んでいた。ああこれは誤解を解いたあとにご機嫌取りでお泊りを進めなきゃいけないパターンのやつだ……


七日目:夕方



(2015/03/14)