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「…悪かったな、遅くなった」
「全然構いませんけど、とび…店長こそ明日の分大丈夫ですか」
「俺のことは気にすんな。真っ直ぐ帰れよ」
「あー、じゃあお先に失礼します。お疲れ様です」
「おう」


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手元の端末が示している時間は、もうあと一時間もすれば日付が変わるだろうという時間だった。週末だし、飲んだ後の締めがラーメンだという人も少なくない。交代の時間ほど忙しいわけじゃなかったけど、何と言えばいいのか。じわじわお客さんが続く、というのか。

とにかくこんなに遅くなるんなら、剣城君を後ろに乗せて自転車を漕いでも良かったと思う。今更考えても後の祭りでしかないけど、夜の商店街はちょっと怖いし…何より嫌なのがあの大きな倉庫の前を通る時だ。でも遠回りしたくないし、ううんでもやっぱりあの倉庫やだなあ…でも遠回りしても工事現場があるし、あそこも不良の溜まり場だって噂だし、


「……お兄ちゃんも疲れてるだろうし」


一瞬最終手段、兄を呼ぶという選択肢が思い浮かんだけどすぐにかき消した。兄は私以上に疲れているだろうし、でも呼んだら絶対に来てくれるから困る。結局、遠回りはせずなるべく早足で帰宅することを私は選んだ。まあ日曜日の夜だし、今までも何回か歩いて帰ったことがあるけど何もなかったし、今日も大丈夫だろうなー。この町、案外平和だし。うんうん、怖くない怖くない。不審者もおばけも不良もいない。そうだ歌でも歌って気を紛らわそう!そうしよう!せーいーしゅーん、おでー、


「あの、少しよろしいですか」
「おでん!!?」


真後ろからいきなり聞こえた声に跳ね上がると、暗闇に溶け込みそうな…儚げな雰囲気の、色白の綺麗な人が立って私を無表情で見つめていた。「……おでん…?」…見つめていたのは、頭がおかしいのかとか、そういう疑いの目線かもしれない。なんなんだ今日は!最後の最後まで濃い一日ですね!?


「あ、いや、あの、……おでんは好きですけど、違います」
「そうですか」
「…そうです」
「道を聞いてもよろしかったですか」
「………どうぞ」


促すと、ありがとうございます、と会釈したその人は一枚の紙を差し出してきた。街灯の下に移動して、その紙を覗き込んでみる。「ええっと…?」「地図です。これが駅、これが雷門中、…私はこの、木枯らし荘という場所に行きたいと思っていまして」夕方には着くつもりだったんですが、と少し困ったような声を聞きながら私は空いた口がふさがらないでいた。なにこのめっちゃくちゃな地図。勢いに任せて書いたでしょうこれ。どうしてサインだけ達筆なの天馬君。せめて方位ぐらい書いてあげてよ天馬君…


「その、あなたのお名前は?」
「…イシガシ・ゴーラムと申します」
「あー、イシガシさん…天馬君がご迷惑をおかけしまして…」
「松風天馬をご存知なのですか」
「よくよく存じております…今日の歓迎会に招待するつもりだったんですね、天馬君」
「もしかして貴方は名前さん、でしょうか」


ぱちぱち、と目を瞬いて私を穴が空くぐらいに見つめてくるそのイシガシさんとやらにそうです、と頷くと彼女(彼?)ははっとしたように私から目を逸らした。「…失礼しました。まさかこんな普通の…いえなんでもないです」小さく何か呟いてから、再びじろじろと私を品定めするように見始めるイシガシさんは綺麗じゃなかったら不審者扱いして逃げてしまいそうだ。……というか、日本人の名前じゃないよ…ね?それにこの肌の色、どこかで見たことがあるような…


「それで名前さん、私を木枯らし荘まで案内して頂けますか」
「構いませんけど…でもこんな時間ですし、天馬君なんか寝てると思いますよ」
「結構です。それに元々、今夜は木枯らし荘に止まる予定だったのです」
「うわあ」
「貴方に案内して頂けないとなると、私は野宿ですね」


これは一種の試練なのかもしれない、と思いながら私はイシガシさんを先導して歩き出した。…見た目で少し迷うけど、腰の細さとか、腕の細さからして多分この人は女の人なんだろうと判断。そして女の人を野宿させるなんて流石に出来ないという結論。なんだか厄介なものを拾ってしまった気分になりながら、先程とは違う気分で私はあれほど嫌だなあと思っていた倉庫の前を通り抜けた。案の定、倉庫には誰もいないようだった。



六日目:帰り道



(2015/02/22)



「イシガシさん、静かに入ってくださいね」
「…ええ」


裏口から秋さんに借りた鍵を使って、きれいに片付けられたキッチンを通る。疲れたのか騒ぎ過ぎたのか、早いうちにみんな寝てしまっているみたいだった。明日は月曜日だし、大人達も飲まずに寝たのかもしれない。秋さんも大分疲れてたみたいだし…起こすのも忍びない。


「………女の人なら、いいかなあ」
「どうされました、名前さん」
「ええっと、イシガシさん。今日は私のベッド使ってください」
「………………いえ、私は」
「みんな疲れて寝てるみたいなんで、起こせないし…あ、着替えは貸しますね。シャワー先に浴びてください」
「……あの、名前さん」
「天馬君は明日の朝、私と一緒に怒りましょう」


狭い部屋ですけど、と言って部屋に通すとイシガシさんは何やら真顔になっていて、何か言いたげにしていたけど疲れていた私はかなり強引にイシガシさんにシャワーを浴びせ、着替えを渡してベッドに押し込んだ。私は床で十分です、とかなんとか言っていたけど流石にそんなことはできない。結局私は床にタオルを重ねて、タオルケットを羽織って横になった。冬じゃなくて良かった、なんて考えているあいだに疲弊した体はするりと眠りの世界に落ちていった。

――イシガシさんの寝息に気がついた時は、もう朝だった。