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なんだろう、宇宙人って案外怖くない生き物かもしれない。
オズロックが白菜を二つ、手に取って真顔で比べているのを眺めながら思うのはそんなことだった。白菜は既に5つほど私が選んだものがカゴに入っているのだが、ネギを選びながら白菜、というか野菜が足りない気がして白菜もう一つ取ってもらえますか、とオズロックを白菜選びに行かせたところああなった。ネギをカゴに入れながら、どことなく優しい気持ちでそれを見つめる私。なんだろう、今度は孫を見守るおばあちゃんの気分。でも流石に10分近く悩むのはどうなんだろう。そろそろカゴを持つ腕が痛い。
「すみません」
「…なんだ」
「私、お肉選んでくるので。決まったらこっちに来てください」
「待て」
「なんでしょう」
「………」
流石に肉を選んで会計に行かねば、という使命感からの言葉を発して数十秒。私に待て、をかけたオズロックは一瞬だけ名残惜しそうな顔をしたあと、左手に持っていた白菜をカゴの中に入れた。ずしり、と腕に掛かる負荷が増えて思わずうわ、と小さく声を発してしまう。カート持ってくれば良かった…!大量の野菜が詰まったカゴは、そこそこヘビーな重さなのだ。この上に重ねる肉のパックはそれほど重くないと言えど、流石にカゴ二つ持ちはきつい。本当にきつい。
しかしオズロックにカゴを持ってくれる気配は無さそうなので、そのまま進むことになる。なんというか、彼は…人の上に立っていて違和感がないと言うのだろうか。従えられている気分になりながら精肉コーナーの前に立ってカゴを床に下ろした。「……はあ」思わず吐き出した溜息にも、オズロックは反応を返してくれることはない。一つぐらい持ってくれても…いや自分から言うのはなんだか悔しいし、彼は今日の主役だし……なんというか、逆らえない感じがあるし!ええい女は根性だ!
「えーっと、豚バラと後は適当に…適当ねえ」
「どれでも良いのならさっさと選べ」
「適当って一番困るよ秋さん…うーん……」
ぼんやり晩ご飯のメニューを想像しながら肉のパックを手に取っていく。オズロックは気がついていないかもしれないけど、今日の歓迎回のメニューは鍋だ。やってくる天馬君達の友達も、私達もお腹いっぱいになれるメニュー。さらには鍋を囲むことで交流を深めようという(秋さんの)考えだ。私個人はオズロックと交流を深められる気はしないけど!
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肉を選び終え、会計を済ませて持参のエコバッグを見せたところまでは良かったのだが、野菜を詰めただけで3つのエコバッグははちきれんばかりになっていた。人数的に考えればしょうがないのかもしれないけど、と思いながらレジで購入したビニール袋に精肉パックを詰めていく。
そこそこヘビーな量の野菜達が詰まった布のバッグを肩に掛ける。思わず発したうええ、という私の色気もなにもない声に後ろを通った買い物中の奥様が振り向くのが見える。あらあの子一人であの量を、と言わんばかりの目線に愛想笑いを返してスーパーを出た。出口で待っていたオズロックが、呆れたような目で私を見るのは何故。
「あー、ええと、お待たせしました」
「……おい」
「あの、遅くなってしまってすみません」
「……」
あれ、違うのかな。黙り込んだオズロックを見ながら、さてどうしたものかと頭を巡らせる。ええと、会計の時にオズロックはもう外に出ている、って言って別れたから…荷物を詰めていた時間が長い!とか、待たせやがって!とか…そんなので機嫌を損ねてしまったんだと思って謝ったのに、違うみたいだ。…とすると?え、全然分かんない。分かんないよ!普通にオズロックって人、私全然知らないんだもの!分かることっていえば日本人特有の謙遜を理解出来ないってことぐらいで、
「貸せ」
「………はい?」
「その為に連れて来たのだろう」
え、え、え、どういうこと?目を瞬かせているあいだに布地の野菜が詰まっている袋が3つ、オズロックの腕に渡っていた。重みなんて感じないと言わんばかりに軽々と二つ肩に背負って、ひとつを腕から下げたオズロックは呆然とする私をそのまま置いて歩き出す。
いや、確かに最初そう言ったけど…そういう理由で、一緒に来て貰ったんだけど。ふわりと軽くなった体は驚きのまましばらく浮けそうだった。「え、あ、…オズロック」「なんだ」振り返らず、来た道を真っ直ぐ引き返すオズロックに駆け寄る。きちんと車道側にポジションを確保。――瞬きをしても、目の前の宇宙人は消えない。
「……ありがとう、すごく楽になった」
素直な感想をそのまま伝えても、小さくフン、と鼻を鳴らす音が返ってきただけだった。それでもなんだろう、この高揚感!嬉しい!純粋に、素直に、心から嬉しい。嫌われている疑惑があったから、喜びも倍増だ。ああ昔もこんなことがあったなあ…まだ小学生だったっけ、近所に住み着いた野良猫があまりに綺麗な黒だったから、触らせてもらおうといつも追いかけていた。食べ物で釣ろうとしたり、おもちゃで釣ろうとしたり。根気よく根気よく続けて、半年ぐらい続けたのかな…寝ているのを見つけて、近づいていった時、音に気がついてぱっと顔を上げたその黒い体は逃げなかった。指を伸ばしても、疎ましそうに私を見つめるだけだった。――やっとその体に指が触れた時は、大声で叫び出したいぐらいに嬉しかったっけ。
触れた後すぐにあの猫は逃げていったけど、あの時の喜びは今でも記憶に強く残っている。そして、今のこの喜びはあの感覚によく似ていた。「重くない?」「……」返事は返ってこないけど、呆れたような目を私に向けてくるあたり、余裕なんだろう。そうだよねえ、サッカーで鍛えられてるよね…細いのにやっぱり男の人なんだなあと実感する。ああ、なんだ。宇宙人って優しいんだ。目つきの悪さと口数の少なさと、喋ったときの威圧感で私は誤解してたのかもしれない。それともこれは天馬君の影響で、天馬君曰くオズロックは大分丸くなった、らしいから…そのおかげだったり?
――ま、嬉しいことに変わりはないし!あんまり気にしなくてもいいかな!
六日目:買い出し帰り
(2015/02/06)