「あれからしばらく経ったけど」
「あー…なんて言えば良いんだろうな……世話を焼きたい感覚?」
「世話?私のですか?」
「危なっかしい。騙されやすい。おまけに男運は皆無」
「う、」
「まあ、俺は大当たりだし今までの分の反動だな。喜んどけ」
どうして私を気にかけてくれてたんですか、と問いかけて返ってきたのはそれだった。今度は冷める前に美味しく食べ上げることが出来たパスタの皿はもう下げられている。コーヒーのカップを持ち上げて、冗談めかしく南沢さんが笑った。釣られて思わず口元が緩む。
――あの、悪夢のような日から既にかなりの時間が経っていた。
南沢さんがどんな方法を使ったのか私は知らない。ただ、"彼"は会社を辞めた。"彼"に従って私を騙していた三人も居なくなっていた。そして同時に色んな事柄が明るみに出たようだった。"彼"はあられもない噂を流して私を随分と酷く表現していたみたいだった。おかげで不用意に遠ざけられることはなくなった。恐ろしい思いをしたせいで、私が周囲に張り巡らせた壁を除けば至って人付き合いは順調だ。それに壁を作らずに会話を出来る南沢さんや、兵頭君がいるから何も心配はしていない。
思えば吊り橋効果みたいなものだったのかもしれないけど……救世主のように現れて颯爽と私を救ってくれた南沢さんに、惹かれていくのに時間は掛からなかった。なんだかんだ、南沢さんは私の世話を焼いてくれたし色んな方面から庇ってくれた。兵頭君には随分長いあいだ、私のことは別に好きとかそういうのじゃないと言い張っていたとかなんとか。
でも、付き合おうと言ってくれたのは南沢さんだった。好きだったみたいだ、とぶっきらぼうに、普段の得意げなすまし顔をどこかにやってしまった南沢さんの表情は忘れることが出来そうにない。その時既に私は南沢さんが、私とそれ以外の女の人の前で態度を変えていることに気がついていた。作り物ではない表情に、私も表情や言葉を偽るのをやめた。ああ、どれぐらい前だっけ、これ…敬語は抜けないけれど、私は南沢さんに依存していると言っていいぐらいには彼に自らを委ねている気がする。
きっと、南沢さんが私から離れていってしまったら私は死んでしまうんだろう。
「……おい何考え込んでるんだよ」
「ん、なんでもないです」
「いい男だろうが」
「王子様ですよ、ずーっと。あの時から」
「あああやめろ!それはやめろっていつも言ってるだろ!気色悪い!」
「いいじゃないですか、篤志王子」
「見ろこれ」
「あっ鳥肌…」
いい年して恥ずかしいだろ、と本気で嫌そうな顔をする南沢さんのその表情だって好きだ。何もかも、好きになってしまうのに時間はかからなかったし、きっと私はこれからも南沢さんを好きでいられるだろう。あの時、"彼"が好きだった時の気持ちとこれは似ているようで別のものだ。心は浮つかない。穏やかに、規則的に動いている。不安に駆られない。穏やかな気持ちで、私が死んでしまっても彼が幸せであれば満足だと思う。
「南沢さん」
「…ん」
「本当に、いつもありがとうございます」
「礼は聞き飽きてるって」
「言いたいだけです。……好きです、愛しています」
「はい合格」
伸ばされた腕が髪に触れて、おでこに触れて、指先が頭を優しく撫でた。「愛おしいってやつなんだろうな、多分。俺が居ないと駄目になりそうだし、隙だらけだしなあ…」そういえば最初から目が離せなかったよ、とどこか遠いところを見つめるように南沢さんが笑う。
「じゃあお姫様よ、さっさとドレスの色決めてくれよな」
「あれからしばらく経ったけど」
(2014/08/26)