「待たせちゃった?」



好きだという話でもなく、略奪したいという話でもなく。


「苗字さん、ちょっといい?」
「……えっ」
「お昼、私達と一緒にどうかなあって」


少し赤い顔で気まずそうに笑った、幾人かの女子が名前を昼飯に誘っていた。戸惑いながらもそれを受諾する名前の様子は、俺の視界に入っていた。思わずの溜息は誰にも聞かれることはない。名前を取り巻く環境が大きく変わったことに、南沢は気がついていた。だからこそ、自分が余計なお節介を焼かないように気を払っている。

……まあ、あの日は別だと心の中でだけもう一度溜息を吐いておく。傍目には多分、面倒くさそうにしながらも昼飯を食べに行く準備をする俺の姿が見えているんだろう。ドアの向こうにちらちらと見えているのは、昼飯を誘いに来るいつもの奴らだろうかと考える。
きゃあきゃあとはしゃぐその声は、今や苦手と化していた。さっさと兵藤も他の奴らも来いよ、と頭の中では急かしているのだが、今日は普段よりも俺を迎えに来るのが遅いようだった。名前達は食堂に向かうらしい。

友好的な態度のその複数人に、名前はどこかほっとしたような、嬉しそうな表情を覗かせていた。一緒に昼飯を食べたつい四日前の、死んだような目が嘘のようだ。……思わず弱みに漬け込んでやろうとか、思う気持ちが一瞬で吹き飛ぶような酷い顔だった。本当にバカなやつだと、くだらないとしみじみ実感した。遊ばれているのは目に見えていたのに、それをあっさりと信じ込んで貢がされて、自分の都合のために周囲から孤立させられていたのに。


「……ごめんなさい、ね」


普通はそうじゃないだろう、と思う。見てしまったことへの謝罪にしろ、二度も繰り返すことじゃないだろう。そもそも悪意があったのはお前じゃないだろう、と言ってやれば名前は救われただろうか。いや、そんなはずはない。至って普通の先輩後輩の関係で、特別に仲が良いというわけでもない。あの日は、それでも弱っていたから連れていくことが出来ただけだ。無意識だろうが名前からすれば、事情を話せるなら相手は誰でも良かったんだと思う。…だからこそ、"くだらない"の対象に自分も含まれたのか。…っと、


「すまん南沢、待たせた!」
「遅いっての。今日ラーメンだって張り切ってたじゃねえか」
「ラーメン?俺はうどんを所望する」
「冷やし中華だろう。季節を考えろ」
「俺はカレーの気分だ。兵藤は如何する?」
「蕎麦だ!」
「じゃあ蕎麦だな」
「蕎麦もたまにはいいだろう」
「食堂に向かうぞ」
「応!」
「…お前ら本当兵頭好きだよなあ」


**


まさか同僚の子とお昼ご飯を食べる日が来るなんて思ってもいなかった。

嫌われている認識は間違っていないだろうと思っていたし、周囲の同性はみんな余所余所しかった。一人から一部へ、一部から全体へ。表立って嫌いとは言わないけれど、気に入らない認識をされているのは知っていた。彼は失ったけれど、案外新しく手に入るものもあるのかもしれない。キーボードと画面を睨みつけて、電卓を叩きながらぼんやりと考える。

噂に踊らされていたみたい、と三人は口を揃えて言った。「苗字さん、結構話しやすいし」「そうそう、嫌がらせするようなタイプには見えないよね」「私達、最初から話しかけてみたいって思ってて…でも、ね。やめとけってみんなが言うから…」もっと早く一緒にお昼食べれば良かった、と笑った彼女たちの表情は満足そうな笑顔だった。

美味しいお店があるの、夜一緒に晩御飯もどうかなと問われれば頷かないわけにはいかなかった。友好的な態度は落ち着きかけていた私の心を、ゆるゆると救っていくようだった。恋人なんかより、友人のほうが余程信頼出来るのかもしれない。

考え方が少し前向きになっただけで、作業は随分と楽になったように感じた。誰かを待っている時間が再びやってきた。少しの緊張と期待に胸を膨らませていたのが、随分と前のように感じていた。しばらくロビーで待っているとすぐに、三人が姿を現した。待たせちゃった、とはにかんだ笑顔を向けた三人は私を囲んでネオンが光る街の方へと歩き出す。ずっと昔からの友人のように、他愛のない話をしながら私達は晩御飯を食べた。ファミレスの冷凍食が彼と食べた時のような、鮮やかな味として脳裏に染み込んだ。


「待たせちゃった?」



(2014/08/21)

冷めてる彼のセリフ3:確かに恋だった



「おい兵頭、あれ」
「如何した南沢。…苗字!」
「誰かを待ってるみたいに見えるな」
「ま、まさか!あの男と復縁を…!」
「復縁ってどうなんだよ…いやまあ普通に友達だろ。昼飯一緒に食ってたみたいだしな」


ほら来た、とエレベーターを指差してやると三人の女子社員が随分と楽しそうに言葉を交わしながら降りてくるのが視界に入った。(ちょっとからかうだけで面白い反応をする兵頭はやっぱり、長いあいだ変わらないピュアなやつだと心から思う。)案の定三人は名前に声を掛け、随分と親しそうに言葉を交わしていた。美味しい店が、といった単語を拾ったあたりで大体なんの会話か察しがつく。


「晩飯も一緒に食いに行くんじゃねえの」
「ああ、そうだな……」
「?歯切れが悪いな。どうしたんだ」
「いや、気のせいかもしれん。……が、」
「なんだよ、気になるだろ」


眉を潜めた兵頭を見上げた。「南沢、俺の見間違いかもしれんのだが…」険しい顔をした兵頭の目つきは、普段名前を見る時に向ける穏やかなものではない。言葉の続きを促すと、兵頭は少し気まずそうに眉を潜めた。


「苗字と付き合っていた男がいるだろう」
「ああ、元彼氏な。そいつがどうした?」
「そこの三人、あやつと随分と親しそうだった覚えがあるのだ」
「………ほう」


思わず唸る。名前の元彼氏は、どちらかというと派手なタイプが好みだったはずだ。でも今名前を取り囲んでいる三人は大人しい印象を受ける…と思う。いや、化粧でどうにでもなる、か。どこか雲行きの怪しい光景を見守っていると、名前達は行き先を決めたようだった。居酒屋にでも行こう、と言っていた兵藤の目の色が変わるのを俺は見た。


「南沢、後をつけるぞ」
「…兵頭、俺を巻き込むな」
「何を言う、一蓮托生だぞ南沢。それに協力してくれると言っただろう」
「言ったけど今日はのんびり飯食う気分なんだって!」



月山国光に限らず、みんなキャプテン大好きなのが好きです