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――主人公補正。
そういった類の補正は確かに存在する。そして、それは選ばれた人間だけに与えられるものではない。

この世界の場合は上を目指し、友を得て、大きな事件に巻き込まれ、常人以上の強さでそれを乗り切る存在は、大抵その補正を持っている。自らの目で善悪を判断する、選ばれた少年少女はポケモン図鑑と一緒だった。無自覚のうちにその補正を保つ存在は、いつだって努力を惜しまなかった。愛されるに値する、好意を寄せられるに値する存在には大抵補正が付いている。

けれど付いていないからと言って、愛されるに値しないなんてことは有り得ない。当然のことだ。それにそもそも、そういった補正を持ち、且つ中心人物の素質を持つ人間は極稀な存在だ。補正を持っているからと言って、人生が簡単になるわけじゃない。むしろ選ばれた人間は、常人よりも苦しい環境に置かれるだろう。乗り越えられない人間だって数多く存在する。けれどそれを乗り越えることが出来れば、ヒーローになる素質は十二分だってことなのだろう。


―――『だからお願い、あの子を選んであげて』

―――『誰だって良いのなら、選んであげて』

―――『そうして私を愛して貰うの。あの子がいいの。あの子が、』



**


「エンジュシティ?何しに行くんだ」
「スズのとうに登るの」
「……ああ、やっぱりジム戦ではないよな」


お昼も過ぎ去り、会話がスムーズに進むようになった夕方頃。

私とイーブイとピカチュウを交互に見て、納得したようにシルバー君は目を細めた。どこか小馬鹿にしているような雰囲気があるのは否めない。そんな彼は何をしにジョウトに行くのか(戻るのか、と聞けば墓穴になるのは分かりきっている)と聞けば、修行のやり直し、と少し悔しそうな答えが返ってきた。なんでもカントーに来ているライバルにバトルを申し込んで、寸でのところで負けて非常に悔しかったのだという。多分というか十中八九それはヒビキ君のことなのだけど、二人の関係を私が知っているのは不自然なので黙っておいた。ここにグリーンさんが居れば、シルバー君の良い話し相手になっただろう。


「で、あんな何もない塔で何するんだ」
「ホウオウを探しに行こうと思って」
「……そんな軽い気持ちでか」
「うん。捕まえようなんて思ってないし、もしホウオウに詳しい人が居るのならその人に話を聞こうと思って」


例えば舞妓さんとか、舞妓さんとか、舞妓さん。それかエンジュシティのジムリーダー、マツバさん。「あ、でもそういえばジムリーダーを倒さないとスズのとうに入れないんだっけ?」「…興味がない」シルバー君は今更かと言わんばかりの目でこっちを見ているから、多分知っていたんだろう。ううん、確か…ジムリーダーを倒した後でないとスズのとうには入れない。且つ、伝説のポケモンに関わりのあるものを持っていないとあの坊主みたいな子に通せんぼされるんだっけ。入ることさえ出来れば後は強行突破でいいかなあ。

そもそも会える気は一切していないから、入れなくても文句はない。問題はそこにホウオウが本当に舞い降りるのかどうか、ということ。ポケモンには習性があるはずだから、スズのとうは何らか…ホウオウに好まれる何かがあるはずだ。その何かを辿って、私はあの子を探すつもりでいた。漠然としていて途方もない目的だけど、全国の塔を回ったっていい。

――私の本当の居場所がここでないのは、分かりきっていることでしょう?


「ねえシルバー君、夕焼けが綺麗だよ」
「……どうでもいい」
「私ね、この世界の果てまで行ってみたい。夕焼けの赤に呑み込まれるぐらいのところ」
「………」
「…そうしたら、帰らなくたっていいのに」


最期は小さな小さな、掠れた声になったからシルバー君には聞こえなかっただろう。帰りたくない。帰りたくない。一分一秒が過ぎ去る度に、帰りたくない気持ちがどんどん膨らんで…きっと最期に私は爆発してしまう。こんな風に穏やかな気持ちになれない。

水平線の向こうで、海を赤色に染めている太陽がゆっくりと沈んでいる。もうすぐ到着の時間だった。「お別れだね、シルバー君」ちょっと寂しいけど、テーブルの下でマニューラを目の前に落ち込んでいるピカチュウの方がきっともっと寂しいのだろう。


「なあ、あんた……ナマエ」
「うん?」
「連絡取れるもの、持ってねえの」
「持ってない」
「………あ、そう」


呆れたように首を振ったシルバー君が椅子から降りて、残念だったなとピカチュウに少しだけ口元を緩めて笑いかけた。目をぱちくりさせたピカチュウが切なそうにマニューラに視線を戻す。マニューラもマニューラでどこか寂しそうにしていたが、人間の目から見てもそれは兄が妹を見るかのような、その類の目線だった。



頑張れピカチュウ




(2014/09/04)




「そういえばもうすぐ夜だけど、港の近くにポケモンセンターってある?」
「アサギシティに行ったこと無いのか」
「うん。…いやゲームではあるけど…」
「もう夜だ、……案内してやるから付いて来いよ」
「えっ!本当!?やったねピカチュウ!」


(ヒビキみたいに惹きつけられる。でも強そうじゃない。だから、世話を焼きたくなる…のか?)