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気恥ずかしがり屋な小さい友人の、恋の手伝いをしたいのは山々なのだが。
「……どうしよう、イーブイ」
ブイ、と小さく眉根を潜めたイーブイが鳴いた。目の前にはしかめっ面で何かのノートを横目にマニューラやアリゲイツなどの手持ちと…相談をしているような金銀ライバル。なにを相談しているかって、そりゃあまあバトルのことだろう。きっとライバルであろう金銀主人公ことヒビキ君に勝つべく日夜時間を惜しみつつ戦略を練っているんだろうな……ああ、金銀をやっていた頃の私が少しばかり恨めしい。ライバルがレベルどれだけ上げて挑んできても、主人公はその更に上なんだよなあ…人生とはせちがらいものである。
そういえば、あの後ヒビキ君はどうなったんだろう。――今頃、リーフちゃんはポケモンセンターのベッドの上だろうか。何も言わずに置き去りにした、レッドさんとグリーンさんは……
「今頃、なにしてるんだろうね」
「ブイ?」
「心配してくれてるんだったら、やっぱり戻らなきゃいけないのかな」
「………」
「私ね、分かんないよ。そのあたりのこと、全然」
――魔法の箱はお金を出してくれる。
それは飢えを満たし、必要最低限のものを揃え、欲しいものを好きなだけ周囲に置かせてくれた。誰も私を責めないし、誰も私に干渉しなかった。周囲は私がなにをしても何も言わなかった。しなかったけれど、きっと悪いことをしたって何も言わなかったんだろう。
だから私は何も知らない。笑顔を振りまいて、魔法の箱からお金を出して。無性に寂しくなるけれど、それは太陽が沈んだ時だけだ。それはきっと、私だけじゃない。太陽は心を照らして明るくするから太陽なんだって、魔法の箱に教えてもらったんだもの。夜は心を寂しくするから夜なんだって魔法の箱は言っていたもの。だからみんな、夜は涙を流すんだって。
「……こっちに来て、色々変わったなあ」
価値観は既にがらりと変わっていた。魔法の箱がくれなかったものを、たくさんグリーンさんに、レッドさんに、トキワジムのみんなに、リーフちゃんに……きっと私は向こうに戻ったら、本当の意味でずっと泣いているんだろう。
永久にいられるはずのない世界に、こんな気持ちを抱いてはいけない。来るべき必要があった、理由を突き止めてしっかりと元の世界に帰らなきゃ。私と同じ顔をした、あの子はきっと知っているはずだ。――今のうちに距離を置いて、寂しさに慣れておかなければいけない。会長さんの申し出は、私には丁度良かったんだ。そう、とてもタイミングがよかった。
「……ほんとは、イーブイ達ともお別れしなきゃいけなかったんだろうね」
「!?」
「そんな顔しないで。出来るわけないから連れてきちゃった」
驚いた顔のイーブイを撫でた。恥じらってしまったピカチュウはボールに戻ってしまったけれど、…聞いていたら少しだけ心苦しい。友達になってくれたのに、別れが確約されているなんて。辛いし、苦しい。だから、出来る限りのことをしてあげたい。あのこわい顔してるライバルに声を掛けるのは…後十分ぐらい余裕が欲しいけど。
**
太陽がすっかり登りきって、遅めの朝食を食べた後。
ジョーイさんからの伝言を聞いて、ナマエの事に後ろ髪を引かれながらもグリーンを探すべくトキワジムに戻ってきた俺は一瞬、ナマエのことを忘れてしまうぐらいに熱中してそのバトルに見入っていた。火炎が舞い上がり、一瞬視界が赤に染まる。
よく育てられたバクフーンがグリーンのウィンディと対峙していた。グリーンのウィンディは疲弊している。が、グリーンにはまだ少し余裕が残っている様子があった。対するバクフーンの主であろう、帽子の少年は拳を握り締めていた。多分、あの子の最期の切り札なんだろう。俺にとっての、ピカチュウのような。
バクフーンの主に見入っていた。目は真っ直ぐで、ああ自分にもあんな時があったんだっけ、なんてぼんやりと考えた。すぐにバトルは再開され、やがてバクフーンの攻撃にウィンディは倒れ…グリーンはサイドンを繰り出した。相性的に、あの子は不利だ。
――なのに、目はきらきらと輝いている。
察したのは、俺が持っていないものをあの子が持っているということ。「…ピカチュウ」思わず呼びかけて、その頭を撫でた。きっとあの子にはまだまだ自分を阻む壁があって、それを乗り越えていくためにひたすら努力を重ねているんだろう。酷く羨ましいという気持ちと、懐かしい気持ちが同時に喉元を詰まらせた。
「……あの子が一番になったらさ、俺のとこに来てくれないかな」
――きっと強くなるだろう。
可能性を感じさせる瞳に、期待が揺れた。あの山の頂上で、待っていることを強いられた気がした。……やがてバトルは終わり、堂々と立つサイドンの前でバクフーンが倒れた。グリーンも少年も額に汗を滲ませていた。レフェリーがフラッグを上げると、グリーンの勝利がスタジアムに示された。
魔法の箱は勇気をくれない
(2014/06/06)
なんか今更感がありますが、番外ではドサイドンだった緑さんのサイドンはこっちの時間軸ではまだサイドンです。あと手持ちがゲームと違う(カメックスを出してる)のですが、創作ということで見逃して頂けると有難いです。