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「悪い!」
手を合わせてすまん!と(かなり)本気で謝ると渋々といった顔のテツが今回だけですよ、と言い切った。「行く前に約束したじゃないですか、本当…」「それについては言い訳しねえけど」めったに来ないチャレンジャーがジムを来訪した連絡が入った場合はすみやかに戻ると約束していただけに、これは頭が上がらない。
「……もういいですよ。ヒビキ君はポケモンセンターに泊まってますから、迎えに行ってくださいね」
「ヒビキ?」
「ああ、チャレンジャーの名前です。昨日俺達全員負けたって話をしたでしょう」
その後意気投合しちゃったんですよ、とテツは笑う。「彼、強かったですよ」「…へえ」それは楽しみだ、と思わず口元が緩んだ。強いトレーナーと聞くと腕を試したくなるのはやはり根っからの性らしい。「じゃあ俺、寝ますから」「…まさかお前」「どこかの誰かさんのせいで徹夜です」やめろ俺の心を抉るんじゃない!本当に悪かったと思ってる!
*
まだ早朝だというのにも関わらず、ポケモンセンターのカウンターにはしっかりとジョーイさんが立っていたのでおはようございます、と軽く頭を下げた。「おはようございます、グリーンさん」眩しい0円スマイルの返却にいつもながら感服である。
「こんな朝早くからどうされ…あっ、リーフさんですか?」
「リーフ?いえ、俺はジムに来てたチャレンジャーを……」
リーフがどうかしたんですか、と問うと昨晩急に運び込まれて、そのまま入院しているという情報がジョーイさんの口から飛び出してきたので目を見開いた。「命に別状はありませんよ。運び込んできたのは…誰だったかしら」ええとトキワジムの…と指を折って何かを確認しているジョーイさんを急かす。「リーフはどこに?」「二階の普通病室です」今は状態も安定していますし、と聞いてほっと胸を撫で下ろした。ついでにヒビキなる人物の事を聞いてみると、こちらには笑顔が返ってくる。
「ヒビキ君なら朝早くから、トキワの森で修行だそうです。熱心ですよねえ」
どうやら、周囲とすぐに打ち解けられるタイプらしい。まるでアイツのようだ、とぼんやりと思った。レッドとは違い、"本当に行方不明になっている"アイツもすぐに人と打ち解け仲良くなれるやつだった。ポケモンともすぐに意思疎通の出来るようになるやつで、誰からでも愛される人間だった。
――でも、あいつはいつだって満たされていないようだったっけ。
**
先を走るピカチュウを追いかけて、全速力で走る。
船の出る時間まであと数時間の猶予があるけれど、ここから向かうとなった時に必要だとリーフちゃんから教えて貰った時間を計算に入れるとかなりギリギリだった。早くしないと船に乗り遅れて、見つかる可能性が高くなってしまう。
足はそろそろ限界だった。体力は無いわけではないけれど、流石にここまで酷使すれば限界だって見えてくる。でもそれでも、遅れるわけにはいかないのだ。
――レッドさんもグリーンさんも、心配してくれてるんだろうな。
「わ!?」
「ピカッ!」
ぼんやりとしていた頭が一瞬で冴えた。「え、あ、ピカチュウ!?どうしたの!?」先を走っていたピカチュウの鳴き声で目の前がさあっと明るくなるような錯覚を覚える。そういえば私は徹夜だったのだ。眠気に多少やられていたらしい。
倒れ込んでいたピカチュウを抱き起こすと、痛そうに頭をさすっていた。「ええと、ごめんなさい。大丈夫?」既に出口であるゲートが視界に映る。ピカチュウと衝突した少年が大丈夫!と声を上げた。尻餅をついていたから思わず手を伸ばすと、笑顔と共にそれを握られる。起き上がった彼は目元まで下がっていた帽子を位置をしっかりと直した。
「……あ」
「ん?なあに、お姉さん」
俺の顔に何かついてる?と問うてくるきょとんとした顔と、見覚えのある帽子。衣服と背丈。無理矢理帽子に押し込んでいるのが分かるくせっ毛。金銀の主人公だ、と咄嗟に口に出さなかった自分を心の中で褒め称えた。「…え、ええと…こんな朝から森で何してるのかなって」まさかこんな時に遭遇するだなんて思わないから、声が裏返る。正直無理のある質問だ。それでも、彼は笑顔で返してくる。
「修行だよ修行、トレーニング!トキワジムに挑戦するからさ」
「トキワジムに?」
「うん。ジムリーダーは今日戻ってくるらしいから」
「え、」
―――グリーンさんがトキワに戻ってくる?
「昨日挑戦に行ったんだけど居なくて……呼び戻してくれるって言うからお願いしたんだ。ちょっと悪い気はしたけど、でもここのジム戦で勝たなきゃポケモンリーグに挑戦出来ないし」
頭の後ろを掻く金銀の主人公に、そっかと思わず胸を撫で下ろした。「見つかったわけじゃなかった…」「へ?」「ううん、なんでもないよ!」手を振って誤魔化すと口元を抑えた。――流石に、少し焦ったのはしょうがないと思う。
「あ、そうだ。あと俺、人を探してるんだけど」
「人?」
「うん。ナマエって人」
お姉さん知らない?と訪ねてくる少年に自分を指差した。それ、私です。
おつかいミッション
(2014/02/09)