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服の裾を掴んで引っ張って行こうとしたけれど、流石にそれはやめておけと見た事のない銀色の毛並みを持った、綺麗なポケモンに止められた。

そのポケモンは軽々と背中に"彼女"を乗せてついでにワタシも背中に乗せた。そのまま迷うことなくキレイハナ達がいる秘密の花畑に向かったから酷く驚いた。そこには多分、この森には居ないであろうイーブイが居て、銀色のポケモンの背中の"彼女"を見て今にも死にそうな顔をした。気を失っているだけだと銀色が言う。赤色の瞳を見つめたイーブイは、その銀色のポケモンを"あぶそる"と呼んだ。銀色のポケモンは答えず、ワタシと"彼女"を花畑に落とした。


『―――……』


"彼女"の耳元で何かを囁いたあと、こちらをちらりと見たその銀色は次に"彼女"の腰にある赤い球体――私達を捕まえるボールだ――を見た。思わずふるふると首を振る。ワタシは待たなければならないのだ。"彼女"と入れ替わりでどこかに消えてしまった"彼"を。



『待っていてもここには戻って来ない』


………?


『どうしても会いたいんならそいつと行けば会えるかもね』


紅色の瞳が伏せられて、保証はしないと鳴いた。


『お前には、今すぐに主人が必要だ』



――――そうだろう?


**



体中が痛みに呻いて……いない。苦しさも無い。

どこからか優しい香りが漂っていた。とても懐かしい太陽の香り。優しい午後の光を吸い込んだ柔らかな布団の香りがした。柔らかな歌声がゆらゆらと、優しく私の心を揺らす。――なんて心地良いんだろう。


「……、あ」


目を開けると、そこは花畑だった。眩しい太陽が私を照らす。――夜明けだ。朝日に照らされて朝露がきらきらと眩いばかりに輝く花の蕾が、日の光に当てられてゆっくりと開花していくその光景に息を呑んだ。神秘的なそれが私に何を感じさせたのだろう。


「イーッ!ブーイ!」
「いー、ぶい…」


視界に飛び込んできたイーブイに思わず手を伸ばそうとして――「…あれ?」意思に反して、手は目を抑えた。指先が濡れる。「え、なんで、あれ」しずくがぽたぽたと指先にを伝って手から落ちていくのだ。小さな声でイーブイが不安気に鳴く。


「違う、違うよ!…なんで、泣いてるんだろう」
「ブイ…?」
「痛くないし、悲しくないし、……感動?なの、かなあ」


少し違うような気がしたけど、無理矢理自分を納得させるためになんとか言葉を捻り出した。多分、涙の意味は自分が一番知っているんだろう。
でも、今はそんな事はどうでもいい。


「イーブイ、…無事で良かった…!」


今度は意思通りに動いた腕を伸ばしてイーブイを抱きしめた。きゅう、と小さく申し訳なさそうな声で鳴くイーブイにごめんね、と繰り返した。「駄目なやつ、なんだよ」私はいつだって余分な者で余分な物だ。そんな私に手を差し伸べてくれる存在が愛おしくて愛おしくてどうにかなりそうになってしまっている。



―――消えたくないと思うのは、存在したい場所があるから



「ピカ」


がさり、と草むらが揺れて控えめに響いた鳴き声に振り向いた。イーブイが嬉しそうに鳴くと少しきょろきょろと周囲を伺いながらその体を表したのはピカチュウ。「……もしかして」意識が飛ぶ前に見えた黄色い閃光は10万ボルトで私は助けられたのだろうか。あれだけ疲れきっていたのだから、巻き込まれて気を失っていてもおかしくない。


「助けてくれたの?」
「……」


こくり、と頷いたあとにそっとピカチュウは私に枯葉のようなもので包んだ何かを差し出してきた。おずおずと受け取って、開けろというジェスチャーに従ってそっと包みを開いていく。ちゃりん、と響いたのはベルの音。


――――財布と、鍵。


「……私の財布と、家の鍵」


この世界に来る前にポケットに入っていた二つ。端末は無いけれども財布を開くと私の保険証がそこにあった。記憶と一致する財布のなかの金額。あの日の買い物を記録したレシート。―――私がこの世界の人間ではない証拠品が、ここにある。


(証拠を全部、消してみたら?)









「…ありがとう、ピカチュウ」


保険証を握り締めた。そうして財布にきちんと直して、鍵と一緒にポケットに入れた。「……なんて事考えたんだろうね、私」誰に問いかけるわけでもなく、太陽を見上げて少しだけ自分を笑う。帰る時は必ずやってくる。いつまでもここに居られるはずがないのだ。


ジョウト行きのフェリーが出るのは朝8時。もう時間はそんなに残っていない。


「イーブイ、そろそろクチバシティに向かわなきゃ」


リーフちゃんがオニドリルで送ってくれる。ジョウトに向かって飛び立ったら、向かう先は真っ直ぐエンジュシティ。目的地はスズの塔だ。まず追いかけるのはホウオウの軌跡。


「それじゃピカチュウ、本当にありが――――えっ?」


立ち上がった瞬間、こちらに駆けてきて私を見上げるピカチュウ。鳴き声を発しないまま、明らかに見つめているのはモンスターボール。「…お、おお…?」思わずモンスターボールとピカチュウを交互に見つめると、ピカチュウは私から目を逸らしてしまう。え、どうしようこの状況。いやいやまさか、まさか…ね?「ハナー!」「ハーナ、ハーナ、ハーナ!」あれ、あの草陰に見えるのってもしかしてキレイハナ?まさかピカチュウのこと応援してる?な、なにこの告白待ちの男子の気分…!

こちらまで恥ずかしくなってきたところで、ピカチュウが腕に飛び込んできた。イーブイと合わせて二匹分の体重をふらつきながらも受け止めることに成功する。「い、一緒にきてくれるの?」「……ピカピ」「ほんとに?」小さく鳴いて頷いた女の子のピカチュウのおでこに、そっとモンスターボールを掲げた。赤色の光がピカチュウを包んで、点滅するボールは私の手のなかで光を収めた。そっと投げると腕のなかに戻ってくるピカチュウ。


「これからよろしくね、ピカチュウ!」


嬉しさがふつふつと湧き上がってくる。飛び上がりそうな私の背後からキレイハナ達の拍手が聞こえてきた。対して真っ赤になっているピカチュウの性格がなんとなく分かった気がした。




照れ屋さんな仲間が増えた日





(2014/01/14)

やっと増えた!