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「……そっちはどうだ、レッド」
「駄目。……全然、覚えが無いんだってさ。グリーンは?」
「片っ端からジョーイさんに当たったけど全部外れだ」
そう、とレッドが俯いた。顔には不安を、気配には苛立ちを分かりやすく見せている。俺はというと逆に冷静になっていた。レッドのこんな様子を察することが出来るぐらいには。
「グリーンは不安じゃないの。なんでそんなに落ち着いてるのさ」
「不安だよ。不安でしょうがねえよ。…でも、さ」
「変なやつに酷いことされたりとか考えないの?」
「そういうわけじゃねえ、けど…」
――帰ったのかもしれない。
思わずそう零していた。そんな俺にレッドは呆れたように「何それ」と溜め息を吐いたのだが、なんだか……それが酷く当たり前のように俺には思えたのだ。元居た場所に帰った、ってのが一番納得出来てしまう。ナマエの存在は最初のように、この世界には無かったことになっている。だから俺達が使わなかった部屋は綺麗なまま、だとか。
けれどそれなら、俺は、レッドはどうしてナマエの記憶を持っているんだろう。ナマエの存在が消え去ったのなら、イーブイはどこに行ったんだ?「……ああもう、とりあえず俺はこの辺りでもう一回聞いて回るから」痺れを切らしたのだろうレッドが踵を返した。
そんなレッドを直視出来なかったのは何故だろう。後ろめたい何かが俺の中にある。一応、ジムの方にも連絡しておこうと端末を取り出した。何かしらのアクションがあるかもしれない…との思いがあってのことだったのだが。起動した瞬間に俺は酷く後悔した。
――着信履歴の件数が三桁。
「……テツか?」
『グリーンさんアンタさっさと戻ってきてください。昨日からどうして何も反応しなかったんですか!待たせてるんですよ挑戦者を!』
「いや、俺にも色々あったんだよ!ああくそ、ちょっと待ってろすぐ戻るから!」
『お願いしますよ!?ほんと、俺ら全員負けたんですからね!』
「まじ、かよ…」
レッドは…「そういやあいつ持ってねえなポケギア…!」苛立ちに今度は頭を抱えた。周囲を見渡してみるがレッドの姿はもう見当たらない。センターの部屋の鍵は…確かレッドも持っていたはずだ。手近なジョーイさんを捕まえてメモとペンを借り、伝言を頼むことにする。っあああ!さっさとチャレンジャーとやらを倒して戻ってこねえと…!
**
転ぶことはない。
バランスを崩すことはあれど、転倒してしまったらそれは最後だ。――死にたくない。そう、やっぱり消え去りたくない。私にだって幸せを味わう権利があるはずだ。
例えそれが、たった一時のものであったとしても。
(幸せな時間を記憶に残せるのなら)
きっとそれだけで、私は生きていけるのだ。
この世界で死んでしまったら、私は元の世界に戻るんだろうか。それとも――消えて無くなるんだろうか。そのうち誰の記憶にも残らない、そんな存在になってしまうのだろうか。……嫌だ。私は、私が得た私が幸せだと思った瞬間の記憶を、抱えていたい。
それだけできっと十分に満たされて、元の世界でも生きていけるのに。
「っ、あ」
足がもつれた瞬間、――――目の前で瞬いた黄色い閃光を最後に、私の意識はどこかへ飛んだ。
私の種に水をあげて、芽吹かせてくれたら
(2014/01/04)
携帯で書いていたので短いです