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――例えば、世界が捻じ曲がってしまった時。
出会うべくして出会う存在が、消えてしまったらどうなるのだろう。
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まず体中に走ったのは今までに感じたこともないレベルの電流だった。えっこれ私死んじゃう?ロケット団ってアニメで毎回こんなの受けてよく生きていられるね!?なんて思うぐらいのその電流。十万ボルトだったらしい。死ななかったのはここがポケモンの世界だったから故か。普通だったら死んでるだろうそんなの。
勿論その発生元は驚いたピカチュウの女の子で、その子は自分の出した電流にも驚いているようだった。…無自覚?だとしたらなんという……無自覚でこちらは死なずとも満身創痍なのですけれども!腕に力は入らないし、なんとなくたんぱく質が焦げた匂…いや髪の毛のことを考えるのはやめよう。心が折れてしまいそうになる。
とにかく、私の腕から離れてきょろきょろと周囲を見渡すそのピカチュウは何を思ったのか、動けなくなった私に再度近づいてきて―――「うっ……?」ぺちぺちぺち、と頬を叩いた。ちなみに前脚とかではなく尻尾で。もしかしてこれ、"しっぽをふる"?決闘を申し込まれているのかもしれない。ぴ、ピカチュウの言いたいことなんて分かんないよ!レッドさんかサトシを呼んでください今ここに!
「………い、いたい、です」
結局対応策なんて分からないもんだから、素直に声を絞り出してピカチュウに抗議してみることにする。すると『あっ喋った』とでも言いたげな顔で少し目を見開いたあと、くるりとこちらに背を向けるピカチュウ。え、いや、まさか――「あ!待っ、いっつ…!」逃げた!あのピカチュウ逃げたんですけれども!動けない私を置き去りにして!ええい決闘を申し込んでやろうか!勝てる気はしないけれども!
どうしよう、まだ朝方のこんな森の中で(季節的に寒くはないけれど)こんなぼろぼろで、……イーブイ探しきれるのかなあ…はあ、と溜め息を吐くと腕を必死で動かすことにする。うん、痛いけど動かせないわけじゃない。ゆっくりと起き上がって腰を下ろすと、服がところどころ焦げ付いているのが視界に映って思わず落胆した。電撃ってこんなに痛いものなんだなあ…初期のサトシとロケット団を私は今から尊敬することにしよう。10万ボルトは凶器である。恐ろしや。
「……って、え?」
さて今からどう動けば、と思案を巡らせようとしたときだった。がさがさがさ、と何かが草をかき分ける音が耳に届いて、咄嗟に背後を振り仰ぐ。
―――風に揺れる、白銀の体毛。
―――意思の強い、その瞳。
「あぶ、そる…?」
どうしてここに、アブソルが?一瞬混乱した頭の隅に、一つビジョンが浮かんで消えた。「……ハナダの洞窟にいた、アブソル?」もしかして、と思ったのは言葉を紡いだ後。グリーンさんと一緒に現れたはずのアブソルは、いつの間にか姿を消していたんだったっけ。どうしてここに、と言おうと思った私の隣をするりと通り抜け、一定の方向を見つめるアブソル。
――アブソルは、わざわいポケモンだ。
嫌ーな予感を感じながら、アブソルが見つめる方向へと顔を向ける。まず視界に映ったのは木々の間を群れる薄黄色の群れ。ぶうん、と響く不愉快な音はトラウマになってしまったそれ。まさか、まさか…いやいや冗談じゃない。少し目を凝らすとそれはこちらへと向かってきていて、更に言うと前脚を銀色に光らせていた。独特の鳴き声が森に響く。ああ、これはデジャヴってやつだ!
ふたたびスピアーに追われて
(2013/12/02)