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夜の森は不思議と穏やかな気持ちにさせてくれた。虫ポケモン達が優しく体を光らせ、ホーホーが柔らかい音色の鳴き声を上げる。怖くないのは、一人じゃないから。

優しくはばたくバタフリーの羽から輝く鱗粉が溢れていた。リーフちゃんに手を引かれながらそれに従って足を進める。お互いに何も喋らなかった。私は緊張していて、…リーフちゃんは分からない。ただ、彼女の少し厳しい目が何かを感じさせたから黙っていた。

トキワの森。私が最初に目を覚ました場所。

複雑に入り組んだように見えて、実は道筋は至ってシンプルだと以前グリーンさんが言っていたのを思い出した。この森で育ったというリーフちゃんのバタフリーは迷うことなく暗闇を進んでいく。「……ねえ、ナマエちゃん」静かな空間にリーフちゃんの声が強く響いた。「どうしたの?」「ずっとね、聞きたかった事があるんだ」今しか聞けない気がするの、とリーフちゃんの口調は強い。


「ナマエちゃんって、"どこから来たの?"」


―――振り返ったリーフちゃんの黄緑色の瞳には、よても強い意思の光。

誤魔化すことはきっと出来ないであろう目線だった。握られた手はそれでも優しい。……嘘は、言い訳はしたくない。リーフちゃんは大切な、本当に大切な友達だと思っているから。困った時に頼ったら、助けてくれると確信出来る人。


「ここじゃない、別の世界から」


だから本当の事を言っても良いと思った。グリーンさんだってリーフちゃんなら納得してくれると思う。……ここには居ないグリーンさんに罪悪感がふつふつと沸くのを無視し、リーフちゃんが笑い飛ばしてくれるのを待った。「信じてくれなくてもいいよ。私だってまだ、夢見てるんじゃないかなーって思うぐらいだし!」考えてみれば笑える話だ。どうして私なんかがこの世界に来ちゃったんだろう。来てからはここが大好きになったけど、来る前はそんな夢みたいな話を信じてなんかいなかった。

「ね、笑っちゃうよね」思わず自分が苦笑していた。誰だってこんな話、信じてくれるはずがないもの。グリーンさんだって本当に信じてくれているかだって分からない。「……あれ、リーフちゃん?」リーフちゃんが俯いていることにここでようやく気がついた。「どうしたの、どこか悪い!?」私がワガママに付き合わせたからだろうか。それなら今すぐ戻って、











「ごめん、ナマエちゃん、……ファイア」





手首から温もりが消え去った。吐き出された言葉を咀嚼して飲み込む前に、どさりという音が耳に届く。「……え?」見下ろすと、崩れ去ったリーフちゃんがいた。バタフリーが主の異変を察知してリーフちゃんに寄り添う。

呆然としてしまった私は動くことが出来なかった。立ち尽くしたまま、リーフちゃんに駆け寄る事すら出来ない。そんな私を放っておいて、腰のボールがかたかたと揺れた。一つしかないそのボールから飛び出してきたのは勿論イーブイ。

何も考えられない私の目の前を横切って駆け出すイーブイ。リーフちゃんの体に隠れて見えなかった(リーフちゃんが地に伏せたことで見えるようになった)木に駆け寄ったイーブイが木の根元で"何か"を口に咥えた。――一部分に、黒々とした雷撃の痕跡。木の根元にはあの時、私が気がつかなかっただけでいくつかの痕跡が残っていたみたいだった。



「……イーブイ、それ」


声は面白いぐらいに震えていた。駆け寄ってきたイーブイから"それ"を受け取る。――帽子。赤と白の、その帽子には見覚えがあった。『ファイア』……リーフちゃんが告げたその人物の事も知っていた。その人物はこの帽子の持ち主で、ファイアレッドの、主人公。

説明を目の前で倒れている彼女に求めたかった。……それどころではないのは明白だ。どうすればいいのか分からないけれど、こんな夜の森に助けなんて来るはずがない。……いや、来てしまったら困るのだ。「とにかく、リーフちゃんを病院に…!」



消えた一人

(そうして、やってきた私)


(2013/10/10)

ここまで来てやっとトリップについて触れるスタイル