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「………」


なんとなく、ぞくりとした嫌な予感。急に不安になって読んでいたガイドブックから顔を上げた。――二段ベッドの上段でレッドがピカチュウと共に眠っている。

ナマエをこの世界に触れさせようと計画した旅行は中断せざるを得なくなってしまった。……しょうがない、色々な事があった。あいつの精神面だって不安だ。少し早すぎたのかもしれない。ナマエの事をもっと良く見ておいてやるべきだった…と、ここまで考えて頭を左右に振った。あまり深く考えるべきじゃない。あいつが何を抱えて生きているのか俺は知らないけど、あいつはそれを巧みに隠していた。そう、暴かれなければ明るい普通のナマエでいられるんだろう。


「まだ起きて…は流石に無いか」


ナマエが泊まっている部屋の方向の壁に目を向けて少しだけ耳を澄ませてみる。――物音は聞こえない。一瞬部屋の中を確かめようかと思ったが、それは流石にと踏み止まった。一人にしてやる時間も大切だろう。


「…そういや、あいつ朝から昼までどこほっつき歩いてたんだ?」


**


まだ暗いトキワの森の入口に、リーフちゃんは私を連れてきてくれた。もうスピアーの繁殖の時期は終わっていて、優しい夜風に草木が揺れる。見上げると木々の枝の隙間から綺麗な満月が顔を覗かせていた。


「じゃあ、本当に少しだけだよ?夜の森は危険なんだから」
「大丈夫。ちょっと見ておきたい場所があるだけだよ」


そう返すとリーフちゃんはしょうがないなあ、と優しく笑った。そうして腰につけたモンスターボールをひとつ手に取る。「出てきて?」夜だからか控えめな呼び声と彷彿線を描いたボールが開き、光の波が溢れ出した。飛び出してきたのはバタフリー。


「この間、トキワの森の調査に来た時に懐かれちゃったの」
「綺麗な羽…!」
「ふふ、ありがとう!バタフリーも嬉しいみたい」


――この子が、今夜の案内人だ。



トキワの森は、私がこの世界に来て目が覚めた場所というだけではない。初めてポケモンを見た場所だ。ここに来て目を覚ました場所を、もう一度見ておきたかった。

帰りたいとは、今こうなってさえ思わない。

暖かい自分の居場所にすぐ戻れるようにファンクラブの人達を説得してくれる、とレインさんは約束してくれた。だから私はトキワジムに戻れるまで少しのあいだ、――旅をしてみることにした。目的はあのシャンデラを追うこと。あの子を追いかけたいという気持ちがとても強かったから、むしろ良い機会だったとさえ思う。手始めの目的地はジョウト地方、エンジュシティのやけたとう。ホウオウの情報をまずは集めようと、リーフちゃんに相談してそう決めたのだ。本当はシャンデラの生息するイッシュ地方が良かったのだろうけど、船のチケットが手に入らなかった。(一番手に入りやすいのはやはりジョウト地方のもので、取り敢えずはという体である)


「えっと、バタフリー…私が行きたいのは、それなりに大きくて…でも大木ってわけじゃないんだけどね、ピカチュウの10万ボルトで焦げ付いてる木のところなの」
「焦げ付いてる木?」
「…私が、目を覚ました場所」


ピカチュウに興奮して、追いかけようとして。その代償に放出された強力な電撃を私の代わりに浴びて焦げ付いた木。そこが、私の目覚めた場所だ。

バタフリーがぱたぱた、と小さく羽を小刻みに動かした。小さく頷いたリーフちゃんに頷きを返す。羽が月の光を浴びてきらきらと輝く。最近までこの森で暮らしていたバタフリーは、その木を知っているとばかりに緩やかな動きで森の中へと誘うよう。


「行こう、ナマエちゃん」


差し出された手を握り返すと、優しく引かれた。その言葉に涙が流れそうになったけれど、リーフちゃんが振り返ったから笑顔を返した。



夜の森へ、はじまりの場所へ





(2013/09/17)

夢主ここで緑さんにも見せたことのない優しい笑顔見せてます贔屓ですすいません