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『戸籍も情報も何も出てこない。身元が不確かだという時点で貴方はとても疑わしい。この地方の人間ではないかもしれませんが、それでもこれだけの情報が無いというのがおかしいのです。それにあのスピアーが大量に繁殖していた時期にトキワの森に入るなんて常人には考えられません』
『……それは』
『これだけ情報が出てこないとなると、疑うなという方が無理でしょう?慕う人、憧れている人、少なからずお守りしたいと思っているお方の傍に居るのが貴方のような方だなんて。…いえ、見た目を馬鹿にしたり、そんな事はありません。ナマエさんはとても素敵ですよ?ただ――人をとても魅了するな、と思いました』
『っ!』
『不思議と貴方に惹かれるんです。余り酷い事を言いたくない。傷つけることをしたくない――なんて、ね。だからこうしてお茶に誘って、お気に入りのカップでお気に入りのティーを貴方に出してしまったりしてしまった。とても不思議です」
『…レイン、さん』
『ただ、それは私の欲です。理性は貴方をグリーン様から引き離したいと思っている』
『………』
『俯かないでください。ただ、貴方が私達からすれば不安の要素でしかないのです。情報が出てこないということは巨大な力で隠されている可能性がある。そして、隠されている情報というのは良い事を伴っている可能性の方が極端に低いのです。――例えば、ポケモン達を悪用して世界に不利益をもたらそうとしている組織の構成員……特に幹部級となるといくら手を尽くしても出て来ません』
『私はそんなんじゃ…!』
『そんな事、見れば分かりますよ』
『あなたは明らかにバトルに慣れていない。寧ろポケモンとの交流が普通の人に比べて極端に少ないのでしょう?ここに来るまでにすれ違ったポケモンをじっと見つめて呆けていたし、このカフェの従業員のキレイハナにトレイを差し出されて少しビクついていたことで確信したんです。ポケモンがいかに人間と共存しているかを知らないみたい』『……鋭いですね、レインさん』
『何よりもナマエさん、―――人間怖くて嫌いでしょう?』
『………』
『私達が貴方を囲んだ時、私達の足音が貴方に聞こえた時。尋常ではないぐらいの怯えた顔をしていた事に気がついて……いなかったんですね、自分では。無意識であれだけ怯えられるなんて、私がどれだけ悪鬼のような顔をしていたか不安になっていたんですよ。…とにかく、私個人としてもファンクラブとしても、貴方には不確定要素ばかりではなく不確定要素しか無いんです』
『……返す言葉もありません』
『私達、……いえ、私はあなたに好意を抱きました。貴方も守って差し上げたいと、心のどこかで思っている。人に怯える事が無くなれば良いなと思います。…私個人だけですけれどね。しかし、要求は曲げられないんです。一生会うななんて当然言いません。けれど、貴方の危険性の無さをもっとたくさんの方に証明して欲しい。だから、しばらくの間トキワジムと距離を置いて欲しいんです。こちらの欲求はこういったところです』
『しばらく、ってどれぐらい…』
『私が出来る限り、短期間でなんとかして差し上げたいと思っています。……彼女達は不安なんですよ、グリーン様の事がとても好きで彼の特別になりたいと心の奥底では願っているんです。表面上は憧れと偽って、ね。だからグリーン様に"特別"が生まれるのが不安で不安で仕方無いんです。自分は無理だと割り切っている人間でほぼ全てが構成されている組織なのに』
『レインさんは、とても優しいんですね。…どうして?』
『無条件に優しくされるのはお嫌いですか?私はとても親切とは言えない事をしていますのに』
『…不安になるんです。グリーンさんにも、レッドさんにも、トキワジムのみんなにも、リーフちゃんやカスミ、タケシにも…優しいこの世界の人に接しているのがとても怖いとどこかで思っていました。でも、毎日が楽しいからそんな事忘れてた』
『……とても深い事情がお有りのようですね』
『くだらない事をずっと、引きずってるんです』
『ふふ、奇遇ですね。……私も同じですよ』
**
「……ナマエちゃん?」
――とんとん、と肩にリーフちゃんの手が触れて肩がびくりと跳ねた。「え、あ、え!?」「ぼうっとしてたけど大丈夫?」……あ、そうか。レインさんの事思い出してたんだった……。結局彼女の要求を受け入れる事にした私は、こうして家出まがいのことをリーフちゃんを巻き込んで行っている。迷惑かと思ったけれど、誰かに頼らないと成し遂げられないのはやはり人間だからだろう。救いはリーフちゃんが優しくいいよ、と了承してくれたこと。もうリーフちゃんを女神と崇めてしまいそうだ。
大丈夫だよ、とリーフちゃんに返してポケモンセンターの私の個室を指で示してみせる。一つだけ窓の空いているその個室にリーフちゃんがカモネギで飛んでいって、カモネギはあんなに小さいのによく飛べるなあと感心しているとリーフちゃんが私のまとめていた荷物を鞄ごと全部持ってきてくれる。
「本当に良いのね?」
「……うん」
「じゃあ乗って!余裕はまだあるけど、最速でクチバまで飛んでくから!」
「あ、いやその、それなんだけど、」
鞄を肩に掛けてイーブイのボールをセットした腰のホルダーにロックをかける。なあに?と振り返ってきたリーフちゃんの後ろ、オニドリルの背に乗ってリーフちゃんの腰に捕まった。
「行って欲しい場所があるの、ひとつだけ!」
さあ、逃避行をはじめよう
(2013/09/16)
ほぼ会話でごめんなさい