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―――とても長い長い時間を経たように思ったのに、洞窟を抜け出すと外はまだ夕日が微かに傾く程度の明るさ。
ずっと真っ暗な場所にいたからか、一瞬とても眩しく感じたけれどやっと草を踏みしめたからだろう、ああなんだか、とっても安心感に満たされていく。太陽の光が今まで、こんなに有難いと思ったことが今までにあっただろうか。
「一旦ポケモンセンターに戻るぞ、ナマエ」
「あ、みんなを回復させなきゃいけないんですね。……イーブイも、頑張ってくれたんだよね?本当にありがとう」
イーブイを優しく撫でる。傷だらけになってしまった小さな相棒はブイ!と一声元気に鳴いて、『なんてことない』とでも言うようにかぶりを振った。でもこんなに小さいのに、私を守ろうとしてくれたなんて…無条件に優しくしてくれる存在が多すぎて、未だ馴染めない。……それが心からのものなのか、そうでないのかの判断は付かないけれど、甘い蜜なら啜っていたいとどこかで考える私は存在してしまう。"補正"の本当の意味を私が知る日はもっと遠い歳月の先だろう。それを知って尚、それが無くなってしまって尚、私がここにいていいのかいけないのかは、私が決める事ではない、と思う。
ぼんやりとそんな事を考えていたら、ぐいっと腕を掴まれた。――瞬間、ずきりと掴まれた箇所、それから頭に走る痛み。「〜〜〜〜ッ!」声にならない声が漏れて、意識が飛びそうがぐらいの感覚に襲われる。必死で閉じた目を開いて腕を掴んだ人物を見やる。
「レッドさ、何、し」
「死にかけたくせにポケモン達だけ?……俺達よりナマエの方が重傷」
ポケモンが魂を吸い取るとき、どんな風にするのかなんて私は知らない。実際体験したこの身だって、どんな風にされたかなんてその辺の記憶は抜けおちているのだ。でもそれでもこうやって命を吹き返した体は動くし、――誰かに干渉されて痛みを思い出させられなければ歩くぐらいは簡単だ。なのに、二人(イーブイ達も)はそれを許してくれないらしい。
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検査を受け終わるともう既に外は真っ暗で、今夜は私とレッドさん、グリーンさんの部屋は別々だ。点滴を伴って部屋に入ると、心配そうにイーブイが駆け寄ってきてくれた。怪我はすでに治療されていて、すれ違ったラッキーにあとでお礼を言いに行かねばと決意する。
ベッドに腰掛けると、優しくイーブイが寄り添ってくれた。そのまま倒れ込んで目を閉じてしまおうかとも考えたけれど、点滴が無くなるまでは眠気も我慢。――その間、考えなければいけないことは本当にたくさん存在するのに、それを今は考えたくなくて……「おーい、ナマエー?検査終わったんだろ?」こんこん、とノックの音が響いて何かを言う前にがちゃりと扉が開いた。現れたのはグリーンさんだ。
「検査どーだったんだ」
「ええっと……この点滴打って、あと数日安静にしてろって」
「じゃあ後二泊ぐらいハナダに泊まって、それから帰るか」
"帰る"
せっかく私のためだと、この旅行を計画してくれたのに。「…そう、ですか」俯いて歯噛みせずにはいられない。トキワジムに帰れるのは嬉しいけれど、この地方をぐるりと見回るぐらいはしてみたかった。目を伏せていると、頭に優しい温度が降ってきた。
「しょげんなって。落ち着いたらまた今度、連れてきてやるから」「約束してくれるんですか」「ったりめーだろ」ぶっきらぼうにそんな事を呟いて、頭の上の温度が移動する。優しく撫でられるのはとても落ち着くのだが……「子供扱いやめてくださいよグリーンさん。私一応、同い年なのに」「……え、そうだったっけ」「何普通に忘れてるんですか!?」これは私は怒っていい。
「………ねえ、グリーンさん」
「何だ」
「……あの、シャンデラの事なんですけど」
「……………」
急に至極真面目な話題を振った私に面食らったのか、グリーンさんが一瞬黙り込む。シャンデラってあの、私とそっくりな姿してたあの子ですとグリーンさんに言葉を向けながら彼を見上げた。グリーンさんの顔が優しい顔を厳しい顔に変わる。
「……ミュウツーからな、少しだけ聞いたんだ」
「え!?」
「あのシャンデラってポケモンの事は、――お前の方が詳しいっつって、消えた」
「……へ?」
どういう事だろう、意味が分からない。私が、"あの"シャンデラの事を知っている?私が知っているシャンデラについての知識といえばゲームで得たものだけで、あんな、人間の姿になったり出来るポケモンの事なんて向こうじゃ全然知らせてなんてくれなかった。
気になる事はもう一つ。沈んでいくかのような感覚の中で聞こえた、あの悲痛な叫び声。誰のものとも分からないその声はなんだか聞き覚えがあるような気がしてたまらない。……あるような気がして、というのが自分でもそう錯覚しているだけのような気がして、俯いた私は思わず自嘲を漏らしてしまう。はは、――なんにも分かんないや。
「ナマエ、お前には覚えがあるのか?」
「…………全部、あやふやなんです。何が起きたかも覚えられてない」
「……そうか。なら、今日はゆっくり休めよ」
邪魔したな、とグリーンさんが扉を開く音が聞こえた。聞こえないであろう微かな声を絞り出して、「ありがとうございます」と言ったことは覚えている。
一度すっきり眠ろう。そして考えよう。
―――グリーンさんにもレッドさんにも迷惑を掛けずに、この問題を解決したい。
決意の夜
(ねえ、イーブイ)
(……あなたは私の我儘に、ついてきてくれる?)
(そう小さく問うと、当たり前だとでも言うようにイーブイは頷いてくれた)
(2013/08/11)
三章突入。夢主が迷惑をかけたくない相手は、好意(恋愛感情に限らない)を寄せている対象のみ。