八万打企画番外



「じゃあ次シーン307!準備してー!」
「ナマエちゃん次の衣装こっちな!」
「おいセットの準備大丈夫かー!?」


飛び交う声。セットの移動音。ポケモン達の鳴き声。

ここはポケウッド。普段とはまったく違うきらびやかな世界に、何を間違えたのか足を踏み入れてしまった私。「…グリーンさん、帰りたいです私…」ぼやいてもこの場に保護者兼上司は存在しない。どこか遠い目になってしまう私の手を引いて衣裳室に引っ張り込むスタイリストさんに身を任せながら、私はこうなった経緯を思い出していた。


**


「へ?緊急事態…?」
「そうなの!もう本当ナマエちゃんしか頼む人がいなくて!」


メイちゃんからの電話を受けたのが昨日。トキワジムでポケモン達とまったり和んでいた私の平和な午後に飛び込んできたのは半泣きの声で、乞われるがままにフライゴンに乗ってイッシュのポケウッドまで半日かけてやってきた私。しかしポケウッドの前で待っていたのはメイちゃんではなく、キョウヘイ君。聞くところによると今日はキョウヘイ君とメイちゃんが主演の映画を撮る予定だったらしいのだ。若者向けの恋愛映画で、テーマは『等身大の恋人』。

二人は幼馴染で仲も良いしお互いに注目が集まっていたからと二つ返事で撮影を了承したらしい。が、そこにマスコミが目をつけ、キョウヘイ君とメイちゃんが既に恋人同士だというでまかせを週刊誌に載せたというのだ。それを見たメイちゃんは満面の笑顔になり、昨晩キョウヘイ君の部屋に顔を出したという。そしてこう告げたらしい。


『ちょっとこの会社潰してくる!』


ランクルスのボールを握り締め、笑顔で言い放ったメイちゃんにキョウヘイ君は戦慄を覚えたという。(ナマエは知らない事だが、メイは『キョウヘイと恋仲ってのが嫌なわけじゃないけど、キョウヘイがナマエちゃんに誤解されたら嫌でしょ』と言っている)が、そこは幼馴染。自分も行くと名乗り出たキョウヘイ君をメイちゃんは牽制した。そして持ち出した提案が、"自分の代わりにナマエちゃんを呼び出して映画に出演させる"ということだったのだとか。「ナマエがポケウッドに興味があるって言ってたの、メイ覚えてたみたいでさ」気まずそうなキョウヘイ君にお願い出来る?と上目遣いで頼まれてしまったら断る理由なんてなかった。


**


と、いうわけで今に至るのだけど――…


「―――好きだよ、ナマエ」
「っ、キョウ、くん…!」
「ずっと好きだった。誰よりも、ずっと……」


甘い甘い告白シーンの撮影で、キョウヘイ君に抱きしめられて耳元で(擬似的にだが)愛の言葉を囁かれるなんて聞いていなかったのだ。「わ、たしも」必死で頭に叩き込んだ台本の中見は、動揺で掠れるような声でしか出てこない。幼馴染設定なのはメイちゃんの名残だろう。キョウヘイ君を"キョウ君"と呼ぶ事だけでも心臓が鳴り響くのに、好きだなんて言われてどきどきしないはずがない。抱きしめられるのがお芝居だと分かっていても、頬の熱は演技じゃない。

何に気をきかせたのか知らないが、役の名前はまさかの実名。擬似的恋愛だと知りつつも、緊張で全てが震えてしまう。それがうまい具合に『恋する乙女を醸し出している』と好評価を貰ってしまったのだ。現に告白シーンも「いいよいいよ!」と声が飛んでいて、何故!?と全力で声に出したくなるほどだ。カメラに緊張する質ではないとは言えど、飛び入り参加の素性も知らない女だというのに。


「――ナマエ」
「……へ?」


ぼうっとしていると、上から声が降ってきた。そうだ、まだ演技中だった!「キョウ君…?」キョウヘイ君の役名を呼ぶと、とても嬉しそうに笑う彼。その笑顔は普段見るものよりもっと輝いているように見えた。(…のは、気のせい?)「キスしていい?」「――っ?!」あ、そういえば、このシーンキスもあったんだっけ!?認識した瞬間に爆発したように赤くなる顔。集中する熱。ここで私の演じているこの映画の中の"ナマエ"は了承せねばならない。でも、いや、その、心の準備が!出来ていないというか!「あ、う、でも、…………〜〜〜ッ!」躊躇う私の顔を覗き込んできたキョウヘイ君は余りにも至近距離で、普段は快活なイメージなのに色気を含んでいて、思わず俯いてしまっていた。それを了承と取らえたのだろう。キョウヘイ君の手が顎に添えられる。


―――あ、唇と唇が、触れる








「……大丈夫」


台本には無かったキョウヘイ君の小さな小さな声が耳元に届いて思わず目を見開いた。瞬間、ふわりと広がったのはセットのカーテン。触れるか触れないか、ぎりぎりのところにある唇ではなく、触れ合っているのは私たちの鼻と鼻。……カーテンのシルエットには私たちがキスしているように映っているのだろう。「カット!」監督の声が響く。キョウヘイ君と離れると、広がっていたカーテンがゆっくりと静かにスタッフさんの手により引かれていく。


「最高だ!最高のシーンだった!これで撮影は終了だ、完成を楽しみにしていてくれ!」
「はい、ありがとうございます。お疲れ様でした!」
「え、あ、お疲れ様でした!」


**


「キョウヘイ君、なんで?」


楽屋を出ると、キョウヘイ君が普段の格好で待ってくれていた。その姿を見て思わず口をついて出たのが疑問の問いかけ。
演技で決められていたのに、キスはされなかった。ほっとした気分と助かった気分がとても大きいのだが、もしかしてキスするのがキョウヘイ君は嫌だったのかな。演技ですら嫌だと思われるほどに嫌われているのかと心が傷んだが、キョウヘイ君は私の問いかけに対して少しいたずらっぽく口元を緩める。


「ナマエ、キスして欲しかったの?なら今からでもしてあげるけど」
「や、そういう意味じゃなくて!」


ぶんぶんと手を振ると、「…えー?残念」と酷くがっかりとした様子で肩を落とすキョウヘイ君。いや、ここでして欲しかったって言いだしたら私とんでもないビッチじゃない?でも断るのも失礼だったんだろうか。おろおろと考えていると、「ぷっ、あははは!!」キョウヘイ君の笑い声が聞こえて顔を上げた。「冗談だって。…半分本気だったけど」言葉の後半は声が小さくて聞こえなかったけど、え、ええっと?


「トウヤさん達が怖いっていうのもあるけど、一番は悔しいからかな」
「…悔しい?って、何でトウヤ君達が怖いの?」
「ナマエと演技でキスするのは、すっげー悔しい」


やけに真剣な表情で、そんな事を言われた。何が悔しいのか……は、あまり考えたくない。勘違いだったら私すごく痛い女になってしまう。「トウヤさん達が怖いの意味は知らなくていいよ」普段の笑顔でにこりと笑い、キョウヘイ君は(年下のくせに)私の頭をわしゃわしゃと撫でた。「今日のナマエ、すっごく可愛かった」特にあの告白のシーンとか、顔真っ赤にしてて最高だった!なんて耳元で囁いていくキョウヘイ君。

―――その言葉は、反則だと思うんです



本気と演技の境界線

(後日公開された映画の話がイッシュ組からグリーンさんに伝わり、)
(三時間お説教をされたのはまた別のお話)

(2013/07/08)

八万打企画より、もふり様のリクエストでした!
ポケウッドで主演女優の代理とのことで、キョウヘイ君とがっつり絡ませてみました。

ゲームに登場している映画にしようかと思ったんですが、なんだが本編はまだまだ現在カントーですし、番外でもキョウヘイ君があんまり目立ってない!ということで演技ですがそれなりに糖度高めに仕上げたつもりです。キョウヘイ君はとってもかっこかわいいと思います。メイちゃんは全力でキョウヘイ君と夢主を応援しています。私はそんなメイちゃんを応援したいです。あ、聞かれてないですね。すみません

緑さんその他はきっと嫉妬しまくりですね。でも演技だしと言い張れば言葉に詰まるんだろうな。リクエストありがとうございました!