十万打番外/渋々デートすることになった結果
「………」
どうして私がこんな事をしなければならないのだろう。千穂さんが見繕ってくれた衣服は普段絶対に履かないような短いスカート丈のワンピース。せめてもの希望と私の好きなクラシカルな雰囲気が取り入れられたのだけど……まさかこの歳になってまでこんなものを履かなければならないなんて。更に言うなら自信があると言えない足をまさか仇敵の前で晒す事になるだなんて思わなかった。とても屈辱的だ。
「……ルシフェルだって、そう思ってるでしょうに」
忌々しさ半分、楽しみ半分で机の上に置かれた水族館のチケットを睨みつける。――最近オープンしたばかりの、とても綺麗な水族館のチケットを懸賞で当てたのは千穂さんで、彼女はあろうことかそれをルシフェルに渡したのだ。サタンがバイトのシフトに入っていたから、と私の目の前で、ルシフェルに。それを珍しく素直に受け取ったルシフェルは、あろうことか私を誘ったのだ。その場に同席していた事を悔やんでも遅い。普段ならば誰があなたなんかと!と撥ね退けるはずのその誘いは、一度水族館に足を運んでみたいとういう欲望に負けてしまった。歯を食いしばって頷いた私を、愉しそうに押入れから見下ろしていたルシフェルは本当に、……本当に、
朝、目が覚めたのは普段よりも一時間も早い時間だった。…楽しみにしていたわけじゃない、そうじゃないと自分に言い聞かせながら昨日手にとったそれを着てみると、予想以上の露出に羞恥心が掻き立てられた。そうだ、何も普通に足を露出させなければならないわけじゃない。手に取ったのは薄手のタイツ。――同時に髪飾りも手に取ってしまって、自分の行動に驚いた。
「……っ、楽しみなのはルシフェルとのデートなんかじゃない…!魚、魚…!」
魚をメインに楽しむのだから、別にルシフェルとの水族館なんて、めかしこむ必要は無いはずなのに。「…でも、あまりにシンプル過ぎても…」服は戦闘着だとエミリアは言っていた。おしゃれは武装だ。…そっと髪飾りを髪に添えると、普段は飾らない箇所に可愛らしいモチーフが宛てがわれたことで、普段とは違う自分になれた気がした。気分も少しだけ清々しい。
鞄を手に取って中身を確認していると、もう出かける時間だった。いくら相手が相手とはいえ、遅れるわけにはいかない。朝食はどこか外で食べようと決め、チケットを確める。外に出ると朝の心地良い風が髪を揺らした。大丈夫、きっと大人な対応が出来るはずだ。
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「……うわ、僕より早い。そんなに楽しみだったの?」
「黙って」
――間髪入れずに言葉を跳ね返した私を、うーわ不機嫌!と嘲笑うルシフェル。…いや、今は漆原半蔵だ。どう呼べば良いのか未だ分からないからエミリア達と一緒に居る時はずっとルシフェルと呼んでいたけど、ここでそう呼ぶわけにはいかないだろう。「……漆原半蔵」「なんでフルネーム呼びなのさ」別に名前でいーよ、とそんな事を言うけど、二人きりで男女が水族館で、名前で呼び合っていたら周囲に誤解されかねないじゃないか!
そこまで考えてふと気がついて、自分の格好を思わず見下ろした。「へー、珍しいね」「っ、見ないで!」思わず自分の体を抱きかかえてルシフェルから目線を逸らす。無遠慮にじろじろと眺められることに嫌悪感ではなく羞恥心を抱いたのは何故かだなんて知りたくもない。ああもう、普段のルシフェルの格好を想定しておくんだったと溜め息を吐いてルシフェルを見返す。――そして目を見開いた。
「……どうしたの、それ」
「っ、見ないでくれる」
だらしなく伸びた前髪はそのままなのに、きちんと梳かれている。服が、服がきちんとしている…!普段のルシフェルの自堕落ぶりからは想像もつかないような、ぱりっとしたシャツにジャケット、ジーンズの組み合わせ。余りの衝撃に慄いていると、ルシフェルが相当気まずそうに目を逸らした。ジャケットを何度も直す手。「真奥と芦屋と佐々木千穂と、ベルと遊佐が結託してたんだよ!しょ、うがないだろ」ぼそぼそと俯いてそんな事を言い出すルシフェルに何故だろう、――自然と笑顔を向けていたのだ。
「……そういうのも良いんじゃないかな」
「え」
「うん、普段のだらしない格好より全然似合ってるよ」
らしくないと思いつつもそう告げると、ルシフェルがぴしりと固まって動かなくなった。…私も私らしくない。ルシフェルを褒め称えるような事を言ってしまうなんて、と頭の片隅では思うのに不思議と言葉を取り消そうとは思わなかった。今日だけ、そう今日だけだ。ふと腕時計に目を落とすと水族館の開く時間が迫っていた。「ルシフェル、そろそろ開……ルシフェル?」「………」え、ちょっと、ルシフェル動かないんだけど、どうしよう。
sweet nothings
(予想外の甘い囁き)
(2013/09/14)
...確かに恋だった
十万打より、ゆずり様リクエストのソリダスター番外です。
漆原落ちとのことだったんですが、ふと「そうだ、デートさせよう。水族館とか涼しげでいいよ」って水族館のチラシを見た瞬間に閃いたので漆原が大前提になりました。夢主のデレが淡白で本当に申し訳無いです。
漆原は混乱と照れでこんな事になりました。夢主の性格と設定上、甘くならなくて本当に申し訳ないです。
企画へのご参加、本当にありがとうございました!
(※本人様以外のお持ち帰りはご遠慮くださいませ)