無題


きっと女友達ではなく、男友達の意識なのだろう。

赤城の周囲にはいつも誰かがいたけれど、大抵それは男子だった。要するに彼はムードメーカーなのだ。賑やかな輪の中心には、いつだって赤城がいる気がした。赤城には人を惹きつける不思議な何かがあるのだと思う。

女の子達は遠巻きにそれを見守るばかりだった気がする。荒っぽくて動物的な赤城はいいな、と思われることはあれど近寄られることは極稀だった。私も最初は、あまり関わりたくないなと思っていたから…遠くから見るだけだった。短い高校生活、きっと一度も言葉を交わさないで終わるんだろうな、と。

そんな赤城と何の因果か隣の席になってしまって、近くで見るとやけに体ががっしりとしているのに気がついて、何かスポーツでもしてるの、とつい話を振ってしまったのが最初だったっけ。目を細めて私を値踏みするような目線を寄越した赤城を、失礼だなあと思った記憶がある。やがて返ってきた社交ダンス、という単語の意外性と赤城の体付きとの差違に私は思わず凄いね、と零したのだ。その時の赤城の目の輝きようったら!話してみれば訛りも気にならなくなるぐらいに話しやすいことに気がついた。自分でもそれは意外なことだったし、赤城にとっても多分そうだったんだろう。

それから赤城は色んな話をしてくれるようになった。…というより、自分のことを誰かに話したかったのかもしれない。ダンスのこと、妹さんのこと、好きな女の子のこと、スカしたムカつく?好きな女の子("しずく"さん、って言うらしい)のペアである男の子のこと、憧れている選手のこと、自分のこと。話している時の赤城は表情をころころ変えるから目が離せない。ダンサーは自己顕示欲の強い生き物なのだというのは後に知り合いから聞かされたのだけど、赤城はまさにそれだったと思う。1位だった、とか惜しかった、とか。赤城には何も言わないで、こっそり赤城の出る競技会やグランプリを覗いてみたり。


「で、しずくとは組解消…って、ここまでは話したべ?」
「また妹さんと組んだんだよね」
「ん。そんで、そん時まこと組んでたヤツが、ここん来た」


こーはい、って口元を緩めながら笑う赤城の表情は初めて見るものだったから、一瞬だけ心臓が飛び跳ねた気がした。気がつかれないように吐き出した溜息は、赤城の笑い声に重なって消える。…ああ、これが恋だなんて!知りたくなかったと思っても、胸はぎりぎりと締め付けられるばかりだ。なんなの、もう。複雑そうに唇を結んで、目元だけ嬉しそうに緩めて、話を聞けと言わんばかりにちらちらとこちらを向いてくるから…てっきりいつもみたいに、"しずく"さんのことかと思ったり。




うん、そう。富士田くんと、この学校で初めて会った日にね、赤城すっごい嬉しそうだったんだよ。ちょっとだけ羨ましかった。だって私は赤城にあんな表情させらんないし。赤城は私のこと、一時的に隣の席で、偶々それが話しやすい人間で、その延長戦で友達…というより話の聞き手として私を選んでるだけじゃないかな。でもほら、話しやすい人ってやっぱり居るんだね。富士田くん、すごく話しやすいもん。…くだらない話、聞かせてごめんね。あ、いいんだよ、無理しないで!この手の話題苦手そうなの分かってたのにね。

赤城はどんな風に躍るんだろう。私、観客席の高いところから見下ろしたことしかないんだ。応援しに行く、って言い出せないし、言い出せないせいであんまり長いあいだ見てるのも悪い気がするし…何より競技ダンスのこと、全然知らないから失礼な気がして。そもそも赤城は私にそんなもの求めてないんだよね。あ、違うよ。ネガティブ発言とかじゃないよ。赤城は私なんかに応援されなくても、勝っちゃうでしょう?何より私が応援に行ったって知っても喜ぶ前に困った顔しそう。それに応援されるなら好きな子の方が、ね。

ねえ、富士田君から見た赤城ってどう?うん、ガジュ君。面倒見がいい…分かるかも。なんだかんだ、私もグループに入ったりするけど、そこまで馴染めてないんだよね。もう隣の席でもなんでもない、ただのクラスメイトなのに赤城は私のこと心配してくれてる節があって、うん。――い、言わないでよ富士田君!そうだけど!…そ、そういうところが、ね?……いいやつだよね。いいやつなだけに残酷だけど、ね。

富士田君、"しずく"さんのこと知ってるんだよね。私は赤城から可愛いとか、色気がすごいとしか…うん、一回だけ写真見せて貰ったことある。物凄く綺麗な子で……え、そんなに凄い人なの!?留学…う、うわー……、勝てる気しない……あ、うん。別に最初から勝とうなんて、おこがましいこと思ってたわけじゃないよ。でも、…望み薄そう…笑っちゃうかも。え、大丈夫?こ、根拠は?……パートナーと仲が良いから?

へえ、富士田君の憧れなんだ。兵藤組…?ね、兵藤っていつも赤城が気に食わん、って言ってる人かな。当たり?やっぱり!ふふ、面白いんだよ赤城。気に食わん、とか言いながら足タンタン、っていっつも揺らすの。またやってる、って言っても何言われてるか分からないって顔するんだ。富士田君もそういうのある?――踊りたいとき、かあ。

競技ダンス、やってたら赤城と一回ぐらい、踊れたりしちゃったり…なんて!冗談冗談!流石に妹さんの立場を奪いたいなんて思わないよ。そんなおこがましいこと出来ないよ。でもね、踊ってる赤城見てると、胸がね、ぎゅー…ってなるんだ。あんまり長く居ちゃいけないなって思うんだけど、あのフロアで、きらきらって、踊ってる赤城と妹さんからね、目が離せなくなる。もし私がダンスをやってたら、同じ場所に立つ可能性もあったかもしれない、って思うと苦しいのかも。私はどうしたって、赤城と同じ場所に立てないんだよ。……本当、なんで好きになったんだろ、私。絶対叶わないのに――って、富士田君なんでそんなに悲しそうな顔してるの!や、やめてよ、私が泣かせたみたいで罪悪感がすごいから!……へ、分かるかも?

………あ、ありがとう。変なの…こんな風に話すの初めてだから、結構怖かったんだ。ありがとうね、富士田君。ほんとに、救われる感じがする。…富士田君は優しいね。

応援!?え、……好きでいるのは自由?の、望みがある!?うそうそうそ、無理!無理だって!あんな可愛くて美人な子に勝てるはずない、って…!は!?ふ、富士田君!?別に私、可愛くも美人でもないよ!?――ああびっくりした!いきなり褒められるなんて思ってなかった…わ、顔が熱、


「お、たたらここにおったん…苗字?」
「ガジュ君!どうかしたの?」
「教室おらんけえ探したんだで。つーかたたら、お前苗字と知り合いやってん?」
「うん、バイトが一緒なんだよ」
「へェ…って、なんで顔隠すん」
「赤城には関係ないから!ね、富士田君!」
「は、はい!」
「…?まあええけど…」







(2014/12/08)

ねえ方便ってなんですか 私自分のところのしか分かりません