逢引日和
※現代帰還END後


夏も終わり、少しばかり肌寒い風が結った髪を揺らす時期。

鍛錬の途中でふと見つけたのは、ひっそりと隠れる展望台だった。そこから見える星は手に掴めそうなほどに近く、光の溢れる現代の街の情景を忘れさせて――明治を思い起こさせたのだ。名前を連れてきてやろうと考えるのには数秒もいらなかった。

夜に出かけると行っただけで、きらきらと目を輝かせた名前は実際、ワクワクを隠しきれないといった表情で現れた。こんばんは藤田さん、やっぱりもう夜は寒いですねえなんて言いながら、名前は楽しそうに背負ったリュックを揺らす。何故リュックなのか疑問に思いつつも心なしか少し寒そうな名前のために、自らの鞄から上着を出してやった。冷え込む風を心配して上着を一つ余分に持っていたのだが、心配のしすぎでは無かったようだ。

「着ておけ」「…いいんですか?でも藤田さんが…」「余分に持ってきていたからな」手渡してやると、少し躊躇ったあとに名前はありがとうございますと言って上着を胸に抱きしめた。「貸せ。持ってやる」「あ、お願いします」名前の背からリュックを受け取ってやると、思いのほかの重量感。それじゃあ失礼して、と上着に袖を通し始める名前の傍ら、持っている名前の荷物が重みを増していくよう、な…?いや耐え切れないほど重いというわけではない。ただ、星を見に行くのにこの荷物は…?


「名前、これは何が入っている」
「おにぎりとおやつとレジャーシートと飲み物とひざ掛けと、」
「…いや待て、何故荷物がそんなに多い」
「でも藤田さん、夜にお出かけですよ?おやつは絶対必要じゃないですか!」
「不規則な時間にカロリーを摂取するのは、」
「あと、夜食のおにぎり作ってきたんです!それから水筒にあったかいお茶と、」
「………う、うむ。取り出さなくとも良いのではないのか」
「牛肉は外せないので煮付けと、それからお漬物と、」
「夕飯かこれは」
「あとはカップラーメンなんかと、レジャーシートです」
「本当にお前は食い気だな…」
「藤田さんのために私、ぬか漬け持ってきたんですよ」
「香の物か」
「この間教えて貰ったの、美味しく出来ました」


後で食べましょうね、と笑う名前からそっと目を逸したのは愛おしさ故だ。「藤田さーん?」「…行くぞ。そんなに遠くない」「あ、持ちますよ。自分の荷物ぐらい、」「気にするな」声を遮って、先を歩き始める。背後を振り向かなくとも名前が嬉しそうにしている雰囲気が伝わってくるのは、やはり付き合いがもう随分と長くなるからだろうか。


「でも藤田さん、こんな風に夜、一緒に出掛けるのはこっちに来てから初めてですね」
「…そうか、初めてか」
「デート、とは少し違いますよね…こうやって人気の無い場所を歩いてるなんて」
「この時代に物ノ怪はいないだろう。怖いのか」
「むしろワクワクしてますよ。だってほら、逢引みたいで」
「………名前、きちんと親には伝えてきたんだろうな?」
「ちゃんとOK貰ってきましたから、大丈夫です!」





雲ひとつ無い夜空は、美しく欠けた月と星を煌びやかに魅せていた。うわあ!と控えめな声だったが――嬉しそうな歓声を上げる名前の瞳に星が映り込む。周囲に人の気配はなく、先ほど名前が言った逢引、の単語がぴたりと当てはまる状況にあった。「藤田さん藤田さん!」「なんだ」「凄い、綺麗ですね!」ぱちぱちと目の中の星を瞬かせて夜空と俺を交互に見上げる名前の頭にそっと触れる。ただ単純に触れたいだけだったそれを、嬉しそうに受け入れた名前は地面に置いたリュックサックからレジャーシートを取り出した。

思いのほか大きいそれは家族用のものだろうか。名前が寝転んだ横に、並んで寝転ぶと視界が全て星で埋め尽くされた。ひざ掛けを二人で分け合って、二人して夜空に吸い込まれていく。ひとつ流れていった星に、名前が小さい声を上げた。体は密着しているわけではない。でも、離れているわけでもない。すこし触れている、その距離感が丁度いい。

名前の呼吸の声が聞こえていた。名前に連れられて何度か行った、堂々とした"でえと"とは少し違う。密会とまでは行かないけれど、二人だけで密やかに会うのが逢引ならば、その方は自分には合っているように感じた。二人だけなら、お互いの全てをお互いが独占していられる。

もう一つ、紺碧の空に白線を引きながら流れていった星を見つけて目を閉じた。願わくば、最愛の名前が常に幸せなことを。星と、月と、夜風に揺れる木々の囁きと名前しかいないこの世界を、どうかずっと守っていられますように。



逢引日和



(2014/09/20)

:めいこい版深夜の文字書き一本勝負様に提出しました
芽衣→名前変換有りにしたものです。
藤芽衣ちゃんが尊い秋ですが書いたのは春草さんの誕生日でした。春草さんおめでとうございました!