月より団子


みたらし、きな粉、餡子に抹茶。黒蜜かけるはお好み次第。

予想以上に色鮮やかで、食欲をそそる可愛らしい団子。一本の串に三つの円形。目の前に並んだ団子の種類の数々に、名前はもう目を輝かせて飛びつかんばかりの勢いだった。藤田さん藤田さん!ともう夜も遅い時間だと言うのに名前は声を張り上げる。そんな彼女を落ち着けと諌めながら、藤田五郎はどこか満足げに目を細めた。それぐらいの反応をしてくれた方が、作った甲斐もあったというものだ。まあそんな作った本人が多少複雑な気持ちを抱いているのは、今自分と団子を天秤にかけたら、娘は真面目な顔をして悩み始めるんだろうと考え始めてしまったからか。


「こんなにたくさん、お団子作ったんですか!?」
「……至って普通の団子だ。そんなに興奮することでもないだろう」
「あれもこれも美味しそう…!」
「月は」
「綺麗ですけど正直どうでもい、……いこともないですよ?」
「欲求に素直なのは娘、お前の良いところでもあるのだがな」


吐き出された溜息は呆れたようなものだったけれど、表情も気配も随分柔らかかった。それはもう名前が、随分この家に馴染んでしまったからだろう。「藤田さん藤田さん」「なんだ」くいくい、と着流しの裾を引っ張った名前に藤田が振り返ると、名前が両手に団子の皿を持ち上げてこちらに掲げているのが視界に入る。

「……好きなだけ食えばいい。そのために作ったのだのだからな」「やったー!」欲求に素直なのは年相応で、そういったところがまた可愛らしいと思う。三宝にそのまま団子を積み上げそうになった名前をやんわりと引き止め、和紙を敷いてやるだけでありがとうございます、と雲の切れ間から除く満月が霞むぐらいの笑顔が返って来た。

満月はもう何度目かになる。名前が夜空を見上げて、酷く苦しそうな表情をすることも今後二度とないだろう。薄の揺れる花瓶と名前のための玉露、それから自分のための酒とお猪口を運ぶと、縁の下から猫が顔を出した。「あ、ダメだよ」「…好きにさせておけ」猫を牽制しようとした名前の隣から、猫の目の前に花瓶を差し出してやる。どうやら揺れる薄が気になってしょうがないらしく、前足でぱたぱたと獲物を捕らえるべく奮闘していた。穏やかな目でそれを見つめる名前と、団子の皿を挟んで隣に座り込む。


「満月ですね、藤田さん」
「でなければ今日月見をするわけがなかろう」
「ああ、でも……こんな気持ちでまた満月を見ることが出来るのは嬉しいです」
「…………そうだな」


満月が名前を運んできた。そうして、また連れ去りそうになった。きっと一歩道を間違えば、一瞬でも彼女の心が揺らいだならば、また満月は名前を攫って、もう二度と手の届かない場所に連れ去ってしまっていたのだろう。満月を見るたびに、名前の横顔を眺めるたびに酷く安堵する。もう二度と名前が満月を見上げて、悲しい顔をすることがないように。


「名前、お前は月よりも団子だろう」
「ああっそうでした!藤田さん、いただきます!」
「一度に三本も取るな。喉に詰まらせるぞ」
「ふぁひひょうぶふぇんぐ」
「……大丈夫ではないな」


茶を飲め、と湯呑みを差し出すとこくこくと頷きながら名前がそれを取った。最近は呆れて溜息を吐くことが随分と減った。もう慣れきってしまって、仕方のないやつだと割り切った後は世話を焼くのがなんだかんだ、楽しかったりするのである。


「藤田さん、美味しいです!」
「…そうか」
「月も綺麗ですし、お団子は美味しいですし、……幸せですね!」
「ああ、そうだな。…本当に今夜の月は美しい」


月より団子



(2014/09/07)

:めいこい版深夜の文字書き一本勝負様に提出しました
芽衣→名前変換有りにしたものです。

二人を見守る藤田家の猫に食べられる草になりたい人生だった