悪いなんて思わないけど


今泉くん、今泉くん、今泉くん。

ああ、なんて格好いいんだろう!自転車を漕ぐ姿も、自転車から降りたあとの、汗をタオルで拭う姿も素敵だし、飛ばされる女の子達からの黄色い声援を、ちょっと眉を潜めて無視をする姿もたまらない。ああ、今泉君。彼はなんて素敵なんだろう。

カメラのシャッター音が何度も耳元で響く。ボタンを押す指が止まらない。一眼レフは、今泉君の素敵な姿を一瞬たりとも逃さずレンズの中に閉じ込めて、映し出してくれるんだろう。ああ、今泉くん。写真じゃなくて、あなたを私のものにしたいなあ。


「無理に決まっとる」
「ん、なによ」
「名前、アホちゃう?いくら弱泉くんでもなあ、見知らぬキモい女に付き合え言われたら断るやろ」
「んんん、そうだね……そうかなあ?ふふ」


キッモ、と御堂筋のバカにしきったような声が聞こえたけどまったく気にならない。「ああ、今泉君はいいよね…格好いい」緩んでいく口元は抑えきれない。切れ長の目も、長い手足も、あの真剣な表情も。全部全部、独り占めできたらいいのになあと思う。

でも残念なことに今泉君は私のことを認識していない。それは非常に辛くて心が軋むぐらいに痛いのだけど、既にこんな風になってしまった今はこの状況が私の心を軽くしていた。ちょっと度の過ぎたファンの存在は、知られなければ問題は起こらない。そう、知られなければ私は、今泉君を視界に捉えて写真の中に閉じ込めるだけで満足を得ていられるのだ。その先に踏み込んだ時、私はきっと普通ではいられなくなるんだろう。

うっすらと自覚しているそれは多分、御堂筋も知っている。「言うてみいよ、名前。もしかしたらええって言うかもしれんで?」「なにがー?」「こ、く、は、く、や。ほら、あっちに弱泉くんおるで」御堂筋が指差した先には、ドリンクで喉を潤す今泉君の姿がある。にっこり、と笑顔には見えない笑顔を浮かべた御堂筋は――私がどんな人間かを知っているのにね!行ってみればええやん、なんて煽ってくるのだ。心の底ではそんな風に考えていないくせに!御堂筋はやっぱり不器用だ。


「もしもおっけー、って言われたらどうしようかなあ」
「有り得へんわ」
「私もそう思うから告白はしないの!ふふ、でも残念。今日のレースで今泉君が、御堂筋に勝って良い気分になってたら可能性があったかもしれないのに」
「残念やったなあ名前。僕のせいやなあ、名前に可能性がないの」


くつくつと笑いながら御堂筋が、機嫌良さげにタオルをこちらに放った。「…どうだろうね」小さく小さく、思わず呟いた言葉は恐らく聞こえていないんだろう。御堂筋なら考えつくかもしれない、って思ったけど考えてないのかな。御堂筋をネタに今泉君に迫れば、今泉君は案外食いついてくれそうだと私は思う。

御堂筋は自分で気がついているかいないか知らないけど、多分私のことが好きだ。恐らくこれは勘違いではなくて、事実であろうことを私は知っている。こっちも多分、至って普通な淡い感情でないことは明白だ。御堂筋は私が今泉君に対して、起こしている行動の全てを知っている。それら全てを知って私を、独占したいと思っている。どうしてそんな風に思うのかは分からないけれど、多分それは私が今泉くんに抱く感情と似たようなものなのだろう。私と御堂筋は同類なのだ。まあ、私は今泉君を好きなことをやめられないのだけど。


「ねえ、御堂筋」
「何や」
「私やっぱり、言うだけ言ってみようかな」


笑って、一瞬だけ純粋な少女を気取る。もしかしたら、と呟いた声は御堂筋の耳に届いただろう。すうっと細まっていく御堂筋の目と、分かりにくいぐらいに寄った眉間のしわと、三日月の口元。私は笑いを堪えるのに必死だ。「やめといた方がええと思うで」「…やらなきゃ分からないよ」少し怖がるふりをすればほら、御堂筋はちょっとだけ目を見開くの。

「今泉君と付き合えるのなら、今やってることぜーんぶやめる」普通の女の子に戻れるよ、きっと。不愉快そうな表情の御堂筋が、微かに揺れた。「僕やったら別に気にせえへんけどね」……あ、ちょっとだけ毛色の違う言葉だ。どうしてそんな風に言えるんだろう。御堂筋はやっぱり分からないかも。「何か言った?」首をかしげて聞こえないふりをすると、御堂筋が静かに手を伸ばしてきた。指先が顎に触れて、御堂筋が顔を覗き込んでくる。


「ええ加減にしてくれへん?」
「…ふふ、なんの話かなあ」


あ、なんだ。私が御堂筋のことからかってるの分かってたんだ。でも力でねじ伏せようとしない御堂筋のそういうとこ、私嫌いじゃないよ。



悪いなんて思わないけど、ごめんね?



(2014/06/23)

性格歪んでるストーカー気質主に依存しかけてる御堂筋君っていう設定だった。
設定が死んでる酷い文章で申し訳ない御堂筋くん…

最期いい加減にしろよのくだりで御堂筋君が夢主を監禁する話だったんですけどなんかあまりに酷いのでさっくりと終わりました。被害者は今泉君です。反省はしている。