ベルゼブブ降臨2
バイクが止まった時には既に、名前は目を回してしまっていた。
ベルゼブブがバイクから飛び降り、ぼんやりとしたままの名前を再び担ぎ上げる。それに対し抵抗する気力も無いままで、名前は流されるままおどろおどろしいお城の中に運び込まれた。扉を開くなり皇子の帰還を待っていたのか、デーモン達がわらわらと寄ってきた。同時に視界に入るのは、魔界には存在しない人間の娘。物珍しいものを見るような悪魔達の目線を名前はさんざんに浴びながら、ベルゼブブに連れられた名前は大きな扉の部屋に文字通り放り投げ込まれた。浮遊感のあと、ふんわりと柔らかな何かの上に着地する。
「……えっ?」
「おいアスタロト!そいつをどうにか見れるようにしろ」
「うるさいバカ皇子……って人間のにおいがする…?」
「ベルゼブブ様、アスタロトは現在昼寝の時間でして…」
「じゃあアモン、お前でいい。その女のその、人間くさい衣装をなんとかしろ」
「ほ、ほう…?」
「早くしろ!」
「か、しこまりました……?」
どたどたと去っていってしまったベルゼブブの姿を見送ったあと、アモンと名前は同時に首をかしげた。次いで、お互いをまじまじと見つめ合う。目の前の状況がまるで理解出来ないと言わんばかりに名前を見つめる服を着た魔鳥の将に対し、名前は少しの知識を持ち合わせていた。知り合いの博識な冒険者が抱えている書物に記されていた魔神。氷の呪いを操る魔神アモンだろうか、と名前は自分の中で見当をつけた。書物に禍々しく描かれていた魔鳥の蒋は名前を見つめて目を白黒させており、悪魔にしては温厚そうだった。
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「まったく、皇子の気まぐれにも困りものですなあ…まさか冒険者を連れ帰るとは」
「は、ははは……」
「それにお嬢さん、あなたはまだここに来るべき力量ではないでしょう」
「本当、仰るとおりで…」
「自分の力量に見合った場所へ向かわれるとよろしかろう。さあ、こちらを向いて」
「本当はここに来るつもりじゃなかったんです!すぐに逃げるつもりで…っ、きつ」
「フム、胸のサイズがアスタロトのものでは足りませんか」
「…………アモンー?いま、あたしの悪口…」
「言っておりません」
(多分恐らく)魔神アスタロトの部屋なのだろう部屋の中、大鏡の前で名前はアモンにドレスを着付けられていた。きっとここにロキやリリスが居たならば、名前にその手の系統のドレスは似合わないと騒ぎ立てたことだろう。ドレスの持ち主であるアスタロトは、時折ベッドの上から単語に反応して声を出していた。書物でアスタロトも見たことがあったけれど、確か彼女はまだ幼かったはずだ。……魔神だから年齢は知らないけれど、と名前は小さくベッドを伺う。少なくともちらりと見える、アスタロトの見た目のかなり幼い。
そんなアスタロトは先程のベルゼブブの乱入で昼寝から無理矢理目覚めざるを得なくなったようで、ベッドの上でコシュまる、とやらと戯れていた。アモンはアスタロトの事を呼び捨てにしているようだ。なんだか執事というか仕えているように見えるというか…魔神の力関係はよく分からない。分かるのは現在、アスタロトが好んでいないというドレスを名前は着付けられているということだけだった。背中が大きく開いたドレスがどうやらベルゼブブの好みらしい。名前は小さく溜め息を吐いた。ベルゼブブの意図が分からない。
「…ええっと、アモンさん」
「なんでしょう」
「率直に言います。私、家に帰りたいんです。本当、ここは私に見合った力量の場所じゃ……」
名前がそう言いかけた時だった。
荒々しく部屋の扉が開き、ヘルメットを外してすっかり軽装になったベルゼブブが部屋に乗り込んできた。「お、着替え終わってんな?あ?」威圧するような口調に思わず一歩後退りをした名前をちらりと見て、ベッドの上のアスタロトが溜め息を吐く。「バカ皇子、なんで人間なんて連れ込んだの」しかもあたしの部屋に、と続けたアスタロトを無視してずかずかと部屋に踏み入ったベルゼブブは、そのまま名前の真正面に立った。ロキとそんなに変わらない身長の名前は、必然的にベルゼブブを見上げるようになる。
非常に楽しそうに口元を緩めたベルゼブブは、品定めをするようにじろじろと名前の全身を見渡した。名前が酷く居心地の悪い気分を感じて数十秒。ひとつ頷いたベルゼブブが悪くねえな、と呟いたのを名前が認識した瞬間には彼女の体は宙に浮いていた。「そういやおい、アスタロト!」突然のいわゆるお姫様抱っこに名前が目を白黒させている隣で、不機嫌を顕にしたアスタロトにベルゼブブが話しかけた。「なによ、バカ皇子」「おいおいバカってのはやめろ。良い知らせだぜ?お前のお気に入りが近くまで来てる」この人間の知り合いだったらしいぜ、と続けたベルゼブブの言葉が終わらないうちにアスタロトは窓を開いてピンク色のぬいぐるみのような、悪魔と一緒に飛び出していった。微かに聞こえるのは鼻歌だろうか。着々と名前の退路が絶たれていく。
「では、私はこれにて」
「ああアモンついでだ、ベリアルに戻れって言っとけ」
「……仰せのままに」
「え、ちょっ、アモンさ、」
名前が最期の希望であるアモンを振り仰いだ時には既に、アモンは部屋の扉の外だった。どうしよう、の文字で頭をいっぱいにさせた名前の目の前で扉がゆっくりと閉じていく。
……この状況で、名前の脳裏に一番最初に浮かんだのはロキの姿だった。いつだってロキは私を守ってくれていたんだから、と名前は不安を抱える心の奥底で繰り返した。ロキはパーティの中心にいる、誰かを確実にサポートする役だった。そしてそれはリーダーより、実はもっと大変な役割なのだ。ロキがきっと、ブラキオスやみんなを連れて助けにきてくれる。目の前の魔皇子の目的が分からない今、名前が頼れるのはそれだけだった。
あなたに助けに来てほしい
(2014/05/01)
間が空きましたが夢主視点があんまり進まなかったので書き直しましたー
悪魔シリーズは墮ルシさんしかいません。非常にほしいですアスタロトちゃん…ウッ
次はロキさんのベルゼブブ降臨話になると思われます