06



黒木君は何も悪くない。それは本当に本当、だ。


「……嫌われてて当然、だよね」


非があるのは明らかに自分自身。分かっている。そもそもの話、自分自身が明らかにおかしいことを自分で気がついているのに、何故黒木君が悪いという発想に至るのか。

手帳を開けば窓から見える、机に向かう黒木君。部活で汗を流す黒木君。許可を得ずに撮った写真は罪悪感をそのままに私の手帳に収まっている。悪い、悪いと思いながらも絶対に手が届かないからという確信があったからこそ、"こんな行為"を続けてきたのだ。


――なのに、


隣の席になってしまった。存在を認知されてしまった。嬉しくもあり、恐怖を感じる奇跡は更に続いた。まず、会話をするようになったことが一番大きい。私が抱いていた理想通りで、たくさんの女の子(可愛い、とても私なんかじゃあ敵わないような)が彼に好意を抱いている理由をより深く知ることになった。満面の笑顔ではないけれど、優しく微笑むようなその表情を切り取って写真に収めてしまいたいと、私のものにしたいと何度思ったか。

いっそのこと黒木君を好きなまま死んでしまえば、黒木君の写真を抱えて死ぬなら、それはどれだけ素敵なのだろうかと思わずにはいられない時があった。ああ、でもそんなことは誰にも相談出来ない。そのうちそんな事は考える余裕すら無くなるのだ。黒木君が私の事を名前で呼んだから。黒木君がとても優しい目を私に向けてくることに気がついてしまったから。まさかまさかまさか、なんて、ありもしないことを考えて。




罪悪感は膨らむばかりでもうどうしたらいいのか分からない。向けられて初めて、私が抱いていたものと黒木君が私に向けてくれているものの大きな差を感じ取ってしまった。私のものは歪なのに、黒木君のものはとても優しい。

受け取ったプリントをぐしゃぐしゃに握りつぶしてそのまま布団に潜り込んだ。抱きしめるとなんだか、私が犯していたことの重大さが重くのしかかってきているような気分になる。なんとかして、なんとかして!紛らわしてよ!私は、私には!……黒木君に好きだと、言える権利はどこにもないのだ。


「……なんで、書いた、かなあ……」


黒木君の鞄に仕込んだ盗聴器が拾った言葉を聞いて、どうしてもそう言いたくなって。結果、当たり前の言葉を返されたのだけど…黒木君の声で"私"に向けられた『嫌い』はかなりのダメージを私に負わせた。言い出せない。言い出せない。気持ち悪いって言われてしまう。私がこんな子だってバレたくない!――黒木君の隣の席にまだ、もう少し……!もう少しだけ、もう、少しだけ、

目を閉じると部活をしている時の、私の持っている写真の中で一番お気に入りの写真の智貴君がうっすら口元だけを緩めて微笑んだ。瞼の裏の智貴君はなんでも許してくれるの。私の犯した事柄も気持ち悪がらず、全て受け入れてくれるの。――現実はきっと私を心底気持ち悪いと思って、自分の考えを全て否定するようになるんでしょうけれど。



そもそも彼が、私なんかのことを好きになったという事実がまずおかしいのだ。




後悔



(2014/01/04)