06


まさか偶然思いついた仮名称が当たっているなんて露程も思わず、賢悟君を探して校舎内を彷徨う私もとい樹の姿は目立っていたようで、


「よう樹、お前まさか迷子じゃねえだろうなー?」


さっきから同じとこぐるぐる回ってるけどよー!と腹を抱えて笑いを必死に堪える姿でいかにも軽そうな(多分恐らく樹の友人)が、校舎の二階から私に声をかけてきた。ええそうですと言えるわけがない。ちなみに私と違って樹は方向感覚にまるで獣の如く鋭いです。同じ母から生まれたというのに私の方向感覚は全て樹に持っていかれているらしい。

しかしどう対応しよう。樹に教えられたのはなんというか、写真のあったごく一部というか……あ!そうだ!思い出した!あの制服の下にパーカーを着込むチャラ男系スタイル…!しかしその実態は確かヘビが苦手な、裏で賭博みたいなのやってるっていう、


「香田!」
「…えっ何?気持ち悪ィんだけどその嬉しそうな顔」
「るっせえよ!ちょっと色々あって疲れてんだよー!」


樹に"なりきって"返事を返すとからかいの材料を見つけた!と言わんばかりにげらげらと笑われた。樹は明日からかわれて苦労すればいいよ!こっちは縛られたり殺されそうになったり精神的にキてるんだから道が分からなくてもしょうがないじゃないか!でもおかしいなあ、クラピカ理論で進んでるはずなんだけど何故ぐるぐる回っていたのか。


「なあ香田ー、悪ィんだけどさ、こっちまで下りてきてくんね?」
「………は?」
「ついでにクラの練習場所まで連れてってくれ」
「なんで俺様がンなこと、」
「ほらアレだ、明日飯奢ってやるから!」
「っしゃ待ってろ!」


――ちょろいなこの子。


**


香田…君が私のところに来るまでには数分程しかかからなかったけれど、それでも私が演技の体制に入るには十分な時間だった。

まず、設定。役にはそれを演じるための、設定が必要不可欠だ。先程の疲れている、という言葉から連想した結果、私は『風邪を引いている状態』を演じることに決めた。そしてこの間約1.5秒。私が香田君の前で演じる樹は『疲れきって風邪を引きかけていて方向感覚が危うくなっている状態』頭がくらくらする、という設定も加えておこう。多分あの調子ならバレずに黙せる気がするのは何故。

これぐらいじゃないと、案内はして貰えそうにないのでしょうがないということにしておこう。何年間も通ってる高校の中で迷うなんて有り得ないだろうしね!迷ったのは私だがここに来たのは初めてなので本当に寛容して欲しい。というか賢悟君が全部悪いと思うんだよね本当ね…!あ、お昼ご飯を奢るのは私じゃなくて樹なのでノープロブレムです。

さて。


「なあなあ、マジで昼飯奢っ――――…」
「やー、悪いな香田……マジで今すっげー気持ち悪くて」
「……は、いや、マジで?お前大丈夫?」
「たぶん」
「四季ンとこより保健室だろ」


あっこれ完全に騙せてるわ。本当にちょろいですね香田君。多分ここに樹いたら拍手して貰え……嘘ですなんだか罪悪感で胸が一杯ですどうしよう!この子意外に純粋なんじゃなかろうか!奇妙なものを見るような顔になった後、顔を少しだけ真面目なものに変えた香田君が寄ってくる。罪悪感が更に募るわけだがここで引くわけにはいかない。「や、保健室とか行かなくても大丈夫だし…」「大丈夫って顔じゃねえよ」あ、あれ?流れ変わった?思い通りに行ってない、かも…?いやこの際それはどうでもいい。なんとしてでも賢悟君のところに行かねばならないのである。

ふらり、と揺らめいた私の肩を香田君が支えた(後にこれを樹に話した時、香田君が樹を心配するような目で見るなんて、香田君が樹を支えたりするなんて、絶対に有り得ないと断定されるとは知らないまま)。「樹、お前相当痩せたんじゃね」「…るっせ、変わってねえよ」やはりなんとなく、男女の体の差は分かってしまうらしい。後風邪のフリは演技だけれども疲れているのは演技じゃないから恐ろしいもんである。体重は減らないが精神は磨り減ったとはこれいかに…原因は当然ボーンのお二人です。


「とりあえず肩貸してやるから有り難く思え」
「だから俺は賢悟のとこに、」
「るっせえ病人!四季は呼んできてやるっての!」


あ、あれ?聞いてたのより優しくないか?貸された肩に遠慮なく体重を預けると私を気遣うように歩き出す香田君。これって私が男装なんかしてなかったら思いっきり憧れるシチュエーションなわけなんですが、すごく無駄にしてる気がする。本当にごめんね香田君、それとありがとう。お礼の気持ちは私に変わって樹がお昼ご飯で示してくれるよきっと!


(2013/11/14)

拭い去れない違和感