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一方的にとはいえ、知らない顔ではないヤンキーさん。人の家の前で一服や、なんて言いながらタバコをふかしていた長髪さん。ひいいいいいいいい無理無理絶対やってけない!「…なんだ樹、お前何か変だな」疑われてるうううううう!「さっきまでむちゃくちゃ元気だったじゃねえか」ヤンキーさんが顔近づけてきた嫌ああああああ!


「樹、どないしたんや」
「悪いもんでも食ったか?」


訝しげに覗き込んでくる不良確定二名様。ど、どうしよう疑われてる!賢悟君は気がつかないで手招きしてるしああああもう助けろよおおおお!と、心の中では叫ぶ事が出来るのに現実の私はぱくぱくと口を開けたり閉じたりする事しか出来ない。ど、どうしようどうしよう、こんな時、樹なら―――……そうだ!声は、…行ける!


「悪い、ちょっと…緊張してて」
「緊張?」
「やー、実は久しぶりだからさ!ピアノ弾くの!すっげー緊張しててやべえの」
「ピアノ?樹、ピアノ弾くんか?今度の」
「ああ、賢悟に誘われたんだ。悪い賢悟、今行く!」


――乗り切ったァァァァ!何この達成感恐ろしい。真似をするのが双子の兄で本当に良かった!我ながらほぼ完璧だと思う演技だったね頑張った名前!多分今更ながらに状況を把握したのだろう。賢悟君が驚いたような顔をしていたからこっそりグッドサインを出しておく。私だってやれないわけじゃないの!ほら今だって背後の二人が納得顔だよ!音楽室に駆け足気味で入っていき、全員の視線が集中している賢悟君の隣へ。

「……菅井と矢乙女、大丈夫だったか?」
「死にそうだったけど乗り切ったよもう死にそう」
「よくやった…!フォロー出来なくて悪い」

こそこそと顔を付き合わせて言葉を交わし、「じゃあ改めて、」と賢悟君が全員を振り返って声を張る。さあ、今から私は苗字樹。大丈夫樹に成りきればいいんだ!いざとなったら賢悟君に頼ればなんとかなりそうな気がするし、……って本当、男子しかいないなあ…樹、私本当にやってけるのかな!?


「俺の幼馴染でもある苗字樹だ。じゃあとりあえず、何か一言頼む」
「っ、苗字樹。多分、知ってるやつも多いと思うけど、今度の演奏会までよろしくな!」


にい、と笑顔を作って手をひらひらと振る。挨拶をするときの樹のクセだ。ぱちぱちぱち、と拍手が響いたので多分大成功。賢悟君が嬉しそうに目を見開いているので恐らく完璧だったんだろう。伊達に双子やってたり、ご都合的に私が劇団員だったりするわけではないのだよ…!


**


「賢悟君私もう無理絶対無理!」
「ど、どうしたんだ名前…難しかったか?」
「譜面じゃないよ!これは一回やった事あるし……じゃない!」


全力ダッシュで息を切らしながら廊下を歩いていた賢悟君を発見、そしてタックルの勢い。手に持った譜面を撒き散らしながら詰め寄ると、驚いたような顔をされた。「何があったんだ?」何故そんな何も分からないという顔…!私聞いてないよあんな恐ろしい人が居るとか!聞いてない!「ね、ねえ何あれ何アレ怖いよ!」「な、何だ?何を怖がって―――…あー…」私が指差した背後を見て、とても呆れたような声を出す賢悟君。


「宍戸、御空、練習に戻れ」
「でも四季さん!確かに女子の声が俺には聞こえた!」
「お、俺も……つーか四季さん、"賢悟君"って呼ばれて……あれ?えっと、苗字さん?」


音楽室で練習が一緒になったのはトランペットパートだった。お互いの自己紹介を簡単に済ませ、二年生が二人しかいないことに疑問を覚えつつ、とりあえずは様子見だと賢悟君に手渡された譜面を試しに弾いてみようとした瞬間、私の頭に軽い衝撃。ぱさり、と音を立てたそれは空気の抜けた裸の女の人の人形であり、私をビビらせ逃走へ駆り立てるには十分だった。

しかし樹が叫んで逃げるわけがない。ちょっと賢悟んとこ行ってくるな、と笑顔でその人形を返却後賢悟君を探して廊下を全力ダッシュしたときに少し声を大きく張ったのがいけなかった。女子の声!と叫び声が聞こえた瞬間音楽室から二つの影が飛び出してきたのである。そりゃ本気で逃げるしかないでしょうというわけで今に至ります。

きょとん、とした顔でこっちを振り向いてくる黒髪の彼が宍戸君。「おかしいなー…」と小さく唸る金髪の御空君が所持しているその空気人形はもしやダッ●ワイフでは?と、とにかくだ、何この地獄耳恐ろしいいいいいい!怖い!怖いよ!ダッチ●イフが乱舞する音楽室もだけど!

渋々ながら諦めて音楽室へ戻っていった宍戸君と御空君を賢悟君と見送る。「ねえ、賢悟君。…男装の意味、なんとなく分かった。私…じゃない。俺本気で頑張る」「……本当に済まないな、発表会終わったら美味い物でも食べに行こう」「まじで」




(2013/09/27)