04


「……好き、嫌い、好き、嫌い、すき、…ひ、ひいいいっ」


嫌い、のターンで花弁が無くなってしまったのを見て変な声を漏らしている名前を裏庭で見つけた瞬間、言い様のない感覚に襲われた。あいつ、好きなやつ居るのか、と。…誰だ?少なくとも俺以外の男子は俺を通じて名前に時折話しかける事はあれど、基本的には俺ぐらいしか名前と喋っているやつは…いない、と思う。女子なら誰だ、……分かんねえや。あいつ、いつも一人だしな。

なんとなく声をかけるのも躊躇われてその場で立ち尽くしていると、名前は再び先程と同じ花に手を伸ばした。ぷつん、と花の茎を手折り祈るように見つめ、そろそろと花弁に手を伸ばす。貴重な昼休みに何をしているのだろう。――いや、昼休みになった途端教室を飛び出していった名前を探しに来た自分も自分だけれど。


「好き、きらい、好き……嫌い、…………好き?や、やった!」


考えていると珍しく、絶対に聞かないようなはしゃいだ声が響いた。驚いて顔を上げるとスカートを翻してぴょんぴょんと飛び跳ねる名前の姿。花占いが成功したんだろう。…なんつーか……年相応?少し周囲より幼い喜び方の名前になんとなく口元が緩む。


「なあ、何やってんだ?」
「へへ、花占――――くくくくろっくろききききくくくともくき!?」
「や、そんなにビビるなよ…傷つくんだけど」
「くぁwせdrftgyふじこlp」
「言葉になってないぞ」
「み、見て、た!?」
「……」


少し気まずくてすっと目を逸らすと、声にならない呻き声が漏れてきた。「わ、悪かったよ…」確かに見られて嬉しいもんじゃないだろう。コミュニケーション苦手そうだしな名前って。恥ずかしさ故か腕で顔を覆って地面に座り込んだ名前にうっわ可愛い、なんて思っている自分も自分だろうがこれは惚れた弱みだからしょうがない。


「……で?」
「はっ、はひ!」
「声裏返ってんぞ。――で、誰?」
「だれ、って…」
「や、別に……ちょっとした興味。名前って好きなやつ居んの?」


――確信を突く言葉。


その効果は予想以上に大きかった。座り込んで名前に目線を合わせてそう問うと、大きく目を見開いた名前が俺を突き飛ばしたのである。痛くも痒くもなんともないが、驚きで声を出せない俺を放置し名前は脱兎の如く走り去って行った。


**


その日の夜。


「弟、お前に手紙だよ畜生!」
「なんで叩きつけんだよ…」


姉が俺の部屋にやってきて俺の顔に小さな可愛らしい封筒を叩きつけてきた。お前なんか爆発しろ!という捨て台詞と共に部屋に戻っていった姉。なんなんだと思っていると、その封筒ののりは剥がされていて、一瞬で姉が俺宛の手紙を開いたのだと悟る。やべえ、兄だったら顔面殴って張り倒してる。耐えろ耐えるんだ俺。

苛立ちをなんとか抑えながら、見覚えのない封筒を裏返すと『黒木智貴様へ』と女子の綺麗な文字で書かれていた。――差出人の名前は無い。一度姉が目を通していたみたいだから危険な文書というわけでは無さそうだが……ちらりと窓の外を見やるといつもの風景がそこにあった。しかし、今日は目線を感じている。


「……もしかして、これ」


――ストーカーからの手紙だったりすんのか!?

差出人名を書いていないということはその可能性が多いに有り得る。切手も消印も無いのだから直接ポストに放り込んだのが丸分かりだ。警戒するに越したことはない。

ゆっくりと(既に開いていた)封を開けて中身を覗き込む。封筒とセットになっているのであろう柄の、手紙が一枚入っていた。折りたたんである紙の端がぐしゃぐしゃになっているのは明らかに姉のせいだろう。ともかく、それを広げてみる。

ほぼ白紙のその中央に、シンプルな文字が踊っていた。


『私の好きな人はあなたです』


「……は?」少し変なんじゃないか、この手紙。(この時の俺は既に昼間の名前との会話の事なんて忘れていた。名前の好きなやつは誰なのかクラスのやつらの顔を照らし合わせていたからだ。)思わず呆れた声を出してしまってもしょうがないだろう。


「………おい、聞こえてんだろ」


開いていた窓の外に向かって語りかけた。がさり、と植え込みが揺れる音。――やっぱり居やがったのかよ、気味悪ィ。言っておくが、俺は姿も表さないで毎日毎日つけまわしてくる得体の知れないやつの気持ちに応える気なんてさらさら無いからな。


「俺はお前みたいなやつに好意なんて持てないから、二度とここに来るんじゃねえ」



手紙



(2013/09/25)