03
――また視線。
不愉快感は最早限界値を突破している。なのに、振り返ったとしても人影はひとつもない。しばらく走っていると視線は消えるのだが、少しでも歩けばすぐ追いつかれるらしい。
「警察に言うべきなのか…?」
しかし、騒ぎになるのは正直に遠慮したい。親にだって迷惑がかかるだろう。何かの嫌がらせなら無視していれば良いだけの話だし…ああくそ、こんな事考えてる暇無ェんだよ!姉が勝手に俺のスポーツ飲料を飲み干したせいで俺は自販機に行かなきゃならなくて、そしてこんな日に限って自販機で普段飲んでいるスポーツ飲料が売り切れで…しょうがなく学校前にある自販機を使う事にしたのはいいが、朝練に遅刻しそうだったりする。全力で走っているその途中、朝から元気な変態野郎の網にどうも俺は引っかかったらしい。
もうこうなれば振り切ってやろうと、動かす足に本気を入れる。サッカー部のレギュラー舐めんじゃねえ。ストーカーなんかに負けてたまるかよ…!全力で住宅街を走り抜ける。ぱたぱた、と微かに自分のものではない足音が聞こえた気がして更に速度を上げる。
しばらくすると、気配は消え去った。息を整えると目の前には学校。グラウンドで部活仲間が手を上げていた。遅刻は、しなかったらしい。
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「……やっぱ、足早いなあ……」
黒木君、…ううん、智貴君。彼の事がずっと好きだった。三年目になってようやく一緒のクラスになれて、やっと近づけるかと思ったら彼はやっぱり人気者だった。普段から常に誰かと一緒にいる彼は私にとって、とても眩しい憧れだ。でもその憧れに、不釣り合いだと分かっていても恋をしてしまっていたから止まらない。私は、智貴君に迷惑をかけている。
可愛いクラスメイトが智貴君の家にプリントを届けるのだとはしゃいでいた。届けてくれる人、と先生が希望者を募った時に手を挙げたけれど、私の声はかき消されてしまった。智貴君に恋する人はとても多くて、智貴君には親しげな女の子がたくさんいて、私なんか手は届かないと思っていた。
でも、隣の席になれた時は本当に驚いた。なんだかんだ私に話しかけてくれて、この間名前で呼んでくれた時は嬉しすぎて死んでしまうかと思うぐらいだった。――いつも渡そうと、握りしめていた手紙を丸めてゴミ箱に捨てた。直接言葉で伝えよう、そう思っていつものように智貴君を追いかけていたわけだが…自覚はあった。あった、けれど…どうやら私は、存在感がかなり薄いらしいのである。声をかけようとする前に、智貴君に近づいた瞬間に彼は不愉快そうに顔を歪めて走り去ってしまうのだ。追いかけても運動部でもなんでもない私はすぐに引き離されてしまう。
「……告白、したいなあ」
一人の時は素直に言葉が並べられるのに、いざ本人を目の前にすると日常会話すらままならない。彼が私を疎ましいと思っていたらどうしよう、そんな気持ちで一杯になる。だから結局大きい声を出して智貴君を呼び止めて告白する事が出来ないのだ。手紙を書く時だってあんなに文字が震えていたのに、距離が少し縮まってからは授業中にすら集中出来ない。
視点の先の少女
(2013/08/27)
無自覚ストーカー主