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「…………………」


最初に感じたのはいつからだろうか。最初こそあの馬鹿(姉)かと思いきや、問いかけてみると『お前姉にかまって欲しいからって…』と酷くムカ付く笑顔が返ってきた。構うだけ時間の無駄なのでその時は拳を握って部屋に戻り、枕を殴る事で発散したが、その時も微かに視線を感じたのだ。決して気のせいなどではない。

まるで誰かが、ずっと窓の外から自分を見つめているような……サッカーをしているからだろうか、気配に敏感になってしまった自分の感覚を疑うわけではない。しかし奇妙な目線を送っている相手がいると仮定しても、そいつはどこを探したっていないのだ。当然、良い気分ではない俺は流石にイライラを募らせており、最近は目の下の隈が前よりも濃くなった気がしている。

―――唯一の救いは、流石に視線を感じるのが常というのではないところだろうか。


**


「おー智貴、はよー」


教室に入ると、うーす、おーう、とむさくるしい声が普段つるんでいる男子の集団から投げかけられる朝。片手を上げてそれに応えると、自分の席に鞄を置いた。中に入っている教科書やノートが机に当たってごとり、と音がする。

その音に反応し、むくりと顔を上げる影。

姉と同じく染めたことなどまったく無いというのが目に見えるその黒髪は、姉とは違ってきちんと整えられている。(あいつもそれぐらい見習え、と割と本気で思う)日に透けて見える毛先だけうっすらと茶色に見えるそいつは、隣の席になるまで存在を認知する機会が無いほどに影の薄い存在だった。今は……なんというか、目が離せない。


「……苗字。生きてるか?」
「く……ろき君……!?え、あ、おはよう、ございます!」


気がつくと目で追っているそいつの名前は苗字名前。隣になったばかりの頃は、退屈な授業でも全てきちんと、模範のように真面目に受けていた苗字は最近どうも、ずっと眠そうにしているのである。そして敬語。「や、だから敬語はいいって」俺の姿を認識するなり目を見開いて頭を勢いよく下げ、机にゴン!と頭をぶつけた苗字。痛そうに頭を抑えるその様子に苦笑いする周囲の視線を感じながら俺がそう返すと、「え、あ……無理です」と譲れないラインのように謙虚にそう返してくる。人見知りでコミュニケーションが苦手だと随分前に知ったから苛立つ事はまったく無いが、流石に俺に慣れてくれても良いんじゃなかろうか。


「そ、それは……ごめんなさい」
「何で今謝ったんだお前は」
「おま、ひ、ひいっ!?謝ってごめんなさい黒木くん!」
「……謝罪に対して謝罪……」


半ば呆れた俺がそう呟くと、苗字がぎゅうっと制服の裾を握り締めるのが見えた。「や、あの……黒木君が良い人なのは知ってるんですけど」は、と思わず息を吐き出して苗字の顔を見下ろす。「あ、の……私みたいなのが、他の可愛い女の子みたいに、名前で……」一言一言区切りながら、俺の下の名前を呼んでいいのかと模索している苗字の可愛らしい姿には教室中の誰も注目していない。


「……じゃあ俺、今度から苗字のこと名前って呼ぶから」
「ひいいいいいいいいッ!?」
「どうしてビビる……嫌ならやめるけど」
「ひっ、あの、い、嫌じゃない、ですけど!」
「なら名前、お前も対等に俺の事名前で呼べばいいな」
「っ……!」


多少強引過ぎただろうか。…いや俺は悪くないぞ、俺は!俯く苗字が可愛すぎるのが大体全部悪いのである。恥じらいながら苗字…いや名前が俺の名前を呼ぶ様を想像すると、どきりと心臓が跳ねるのはここ最近の常だった。

俺の事を名前で呼ぶようになるのをきっかけに、俺が苗字のことを名前で呼ぶようになるのをきっかけにして、ただの隣の席のクラスメイトではなく友人レベルぐらいにまで親密度を上げたら、俺のこの浮つくような感情の名前も多分、はっきりとするはずだ。



名前で呼んでよ

(…っと、もき、くん)
(…………苗字二人っきりの時だけ名前呼びでいいか)
(へ!?ふ、ふたりっ!?)

(言えねえ、可愛すぎてどうにかなりそうだったとか言えねえ!)

(2013/08/13)

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