たったひとつで世界が変わる


「あ、関節のパニックだ」
「殺すぞテメェ」


サイタマ先生に言われて買い出しに来たら、そのスーパーで偶然にも会ってしまったのは関節のパニック…ではなく音速のソニックだった。偶然とは時に罪である。「あっごめん、ついつい」「ついつい、じゃねえよ」へらへら笑って誤魔化そうとしてももう遅い。漏れていた呟きは完全に拾われており、既に武器を構えるパニック。おお、私結構なピンチなんじゃない?「パニックさーん、ここ公共の場ですよー」「それがどうした?」あっやばい、こいつ聞く気無いわ。

「よ、弱い者いじめ反対!」「どの口が言うんだ」お、おーうー…どうやらパニックは私の事をやたらと過大評価しているみたいだった。しかし残念な事に私はサポート特化型のヒーローなのである。現在相棒の鬼サイボーグは別のスーパーにてセールと格闘中。単体だと限りなく一般人に近い何かな私にパニックさんはちと手強い。


「見逃してくださいソニック様」
「取り繕ったように様付けて呼ぶんじゃねえよ」


おお、見事にバレテーラ。「ま、まあまあ!私に戦う意思なんてありませんし」「挑発してきたのはどっちだよ」「……パニ、じゃない。ソニックさんなんだか楽しそうじゃありません?」「そうだな、至極愉快だ」普段鬼サイボーグとつるんで俺に喧嘩吹っかけてくる女が、単体だとこんなにも臆病だとは知らなかった……と周囲に聞こえないような声で耳元に近寄って囁いてくる音速さん。「…っ、この野郎」持っていた豚バラ肉のパックを取り落としたが、パックは持っていたカゴの中に綺麗に落ちたので周囲の視線を引く事はない。


「名前っつったか」
「いいえ違います」
「俺を侮辱した罪は重いが、……まァ、見逃してやってもいい」
「まじで!?」


「お、おう…」と若干ソニック…じゃないパニック(※ソニックです)が引くぐらいの勢いでその"見逃す"という単語に食いついた私。
しょうがないじゃないですか。そんなの食いつくに決まってるじゃないですか!「ああよかった、これで帰って晩御飯食べられるー…!」「……」「それじゃあね!」もうパニックだかソニックだか忘れてしまうぐらいに上機嫌になった私は、夕飯への想いを馳せていた。今日は白菜と豚バラ肉を交互に挟んで煮込んだ料理をサイタマ先生がテレビのCMで観て、『食べたい』と言っていたから作るのだ。「ふへへー!」「オイ待て」

ニヤケていた顔、一瞬で真顔へ。「見逃してくれるんじゃなかったの?」「タダで、とは言っていないが」「……うげ」色気の欠片も無ェ声だな、とソニックはからからと笑う。「…はいはい、じゃあ何を要求するんですか関節さん」「殺すぞ」「音速さん」しっかり言い直させるあたりに少しの嫌味を感じるのは私だけか。一体命の代わりに何を要求すると言うのか。この忍者め。向かいあうと、何故か楽しそうな表情を見せるソニック。ほう、なんだか嫌な予感g


「代わりに俺の物になれ、名前」


――こいつ、頭ブッ飛んでやがる


「…断るという選択肢は?」
「無い」
「断ったら?」
「死ぬか生きるか、二つに一つだ」


にやあ、とした笑み。クナイを袖口からちらりと見せつけられる。「じゃあ全力で抵抗するしか無い、かなー?」「ほう、やるのか?俺としてはその方が楽しめるが」「う、ううっ…!」いかん、いかんよジェノス君。サイタマ先生ヘルプミー!「さあ、どうする?」「ちょっと一時間ぐらい考える時間が欲し、」「そんなに待てねえよ」クナイを首元に突きつけられて冷や汗が垂れた。明らかな死亡フラグと目の前に(整ってはいるが)悪人面をした元囚人の忍者。「さあどうする?」前々からお前には興味があったんだ、と妖艶に弧を描いた口元を見て、―――どきりとしないわけがない。ソニックの顔がゆっくりと近づいてきて心臓がばくばくと高鳴った。あ、どうしよう。頷くわけにはいかないのに首が自然に縦に動―――……










「名前、何をしている」


チッ、という小さな舌打ちが耳元で響いたかと思えば、腕を冷たくて固い感触に包まれ引っ張られた。「じぇ、ジェノス!?」どうしてここに!「スーパーの前で待っていてもお前が出てこないから心配してみれば…」じろり、と鬼サイボーグの凶器に成り得そうな目が私を睨む。「どういうことだ、これは」「いやこれは不可抗力であって…!」こいつが全て悪いんです!とソニックを指さそうと背後を振り返った。



「悪いな」


楽しそうに弾む声がやけに至近距離から響いて、振り返った瞬間に頭部を掴まれる。「…ッな!」ジェノスの声がやけに遠くで発せられた気がしたと思えば、回された腕に耳をしっかりと塞がれていた。動かないように固定された頭部に言葉が出ないまま固まっていると、柔らかいものが何か、唇に、あたって……?


「ふ、ふむっ!?」
「抵抗されんのは嫌いじゃない」


そんなパニックの嗜好なんて誰も聞いてない!と言うはずだった口は開かず声も出ず、呆然とする私を他所に貪られる口内。「ふぁ、っ」逃れようとするのに逃れられないこの光景は見事に公共の場(しかも目の前に相棒)で行われていて――「…っは、美味かった」「あ、ああああ…っ!?」私、何された!?敵にキスされた!?しかも変な声まで出した!?がくん、と膝の力が抜けて床に座り込んだ。


―――屈辱的なはずなのに、どうしてこうも頬が熱いのだろう


「じゃあな」
「おい待―――っ!」


ばくばくと鳴り響く心臓の音にかき消されて、ジェノスがソニックを追いかけてスーパーの外へ飛び出していった事にも私は気づかない。ああ、私はどうなってしまったというのか。



たったひとつで世界が変わる



(2013/06/27)

お題を貰って妄想した結果がこれだよ!