遠いような近いような


「おー、サイタマじゃん」
「………げっ、名前じゃねーか…」


やっほー、とひらひら手を振ると私だと分かって逃げ出そうとするサイタマ。「おうおう酷っどいじゃんか、幼馴染を無視するなんて」「無視なんざしてねーっての」「へえ、スーパーの特売袋?ってことはサイタマこの辺に住んでるんだ」「無視すんな」袋を覗き込むと白菜や豆腐、それに卵や肉が入っている。「へえ、もしかして鍋でもするの?」

「うっせーな、名前にゃ関係ねえだろ」うわ酷い。「何それ!私だって鍋食べたい!」添加物たっぷりのインスタントラーメンより、サイタマの鍋の方が魅力的だ。「悪いけど、もう部屋に人は入りきらねえよ」え?「サイタマ、ぼっち鍋じゃないの!?」「ぼっちじゃねえよ!」これは驚いた。まさか夕飯を共にする友人がそんなに大勢居るとは。


「でもさあ、そんなに言う程大人数なら一人増えても変わらないんじゃない?」


**


「先生お帰りなさ……誰ですかその女」


サイタマが部屋を開けると同時に笑顔で迎えてきたまだ若い少年。私を見るなり訝しげな顔をするのが頂けない。誰ですかその女って!まるでサイタマの恋人みたいな言い方する子だなと思いつつも表面上は笑顔を崩さない。「サイタマ、何このメカメカしい若い子」とりあえず気になったことを聞いてみた。目の前の少年はお洒落にしちゃ冗談にならない感じの手のひらを私に向けている。どんだけ危険物扱いだ私は。…ってあれ?この子、どこかで見たような……


「落ち着けジェノス。こいつは名前。幼馴染だよ、俺の。そこで久しぶりに会ったんだ」
「ようこそ名前さん、俺はジェノスと言います。サイタマ先生の弟子です」


物凄く早い変わり身だった。「ど、どうも…サイタマの幼馴染の名前です」「よろしくお願いします」先程の警戒心はどこへやら、手のひらに収束していた光を消し去り頭を下げるジェノス君とやらに若干引き気味な私(とサイタマ)。「……って、弟子!?サイタマあんた弟子って…」どういうこっちゃ。「ああ、言って無かったっけ?俺最近ヒーロー教会の正式認定ヒーローになったんだ」ジェノスはS級なんだぜ、と言われてやっと違和感の正体に納得した。なるほど、ジェノス君を見たのは紙面かあ。


「もうみんな来ていますよ、先生」
「マジでか!」
「……"みんな"?」
「名前さんもどうぞ、上がってください」
「あ、じゃあ遠慮無く……」


差し出されたスリッパ。ジェノス君に案内されるままにリビングと思しき場所に入れば、見た事のあるとても有名なヒーローがそこにいた。「おやサイタマ氏、彼女は」「ああ、俺の幼馴染だよ」え、彼は……「キング…さん!?S級ヒーローの!?」それにサイタマの隣に座っている彼女にも身覚えがある。「地獄のフブキ…!?」「あら、」知っているんだ、と機嫌を良くしたエスパー界魔女姉妹の妹の方は、にこりと口元だけを緩めた。「ところであなたは?」「あ、名前といいます。サイタマの幼馴染です」

かなりの疎外感を感じながら、「うおーさみーさみー!」と炬燵に足を突っ込んできたサイタマの隣に座り込んだ。「何だよ」「……別に」隣でもいいじゃん、と呟いた私はとっても子供っぽかったと思う。サイタマが私の知らないうちにどんどん凄い存在になっていって、今やB級ヒーローだという事を教えてくれたのは鍋を運んできてくれたジェノス君だ。「俺は先生のように強くなりたい」実力ではS級のジェノス君より、サイタマの方が圧倒的に強いという。それを聞いた瞬間に、とてつもなく幼馴染が遠くなった気がした。何年か前まで、それこそお互いが就職するまで……同じ釜の飯を食べるなんて日常茶飯事なぐらい仲の良い幼馴染だったというのに。


**


鍋はとても美味しかった。夜風が寒いと思いつつ、サイタマの頭の方が寒そうだから私の毛糸の帽子は譲ってやった。「鍋ってさ、みんなで食べると美味しいんだね」「おう、」また来いよ、とへらりと笑ったサイタマが本当に遠く感じる。「その帽子さ、サイタマにあげるよ」「いや別にいらねえよ、女物じゃねえかこれ」「サイタマの頭が明らかに寒そうだし」「お前…」にやりと笑うとサイタマが少し不機嫌になった。うん、これぐらいの意地悪ならいいでしょう?ただの自己満足でもいい、私のだった帽子を被っているあいだだけ、空いた距離が縮まったように錯覚出来るのだから。

いつも使っている曲がり角が見えてくる。「あ、ここで良いよ。もうすぐそこだし」「家まで送るっての。わざわざジェノスじゃなく俺が出てきた意味ねーじゃん」「いや本当大丈夫だって」この辺に怪人が出たなんて噂は耳にしない。「念には念を入れよっつーだろ?ほら甘えとけって」「……そこまで言うなら」少し熱い頬を誤魔化すように先に立って歩き始めた。サイタマは、こういう時きちんと女の子扱いを(多分無意識に)してくれるから本当に困惑する。


「ねえサイタマ」
「なんだよ」
「……私たちさ、幼馴染だよね」
「今更何言ってんだ」


今度来る時は肉持って来いよ、と笑ったサイタマに笑顔を返した。「分かった!」



遠いような近いような



(2013/06/24)

ジェノス君が好きかと見せかけサイタマが好き。ゾンビマンもいつか書きたい