未だ早朝の教室にて



ヒビキ君の笑顔がどうしてだか眩しすぎて、心臓が痛いぶらいにばくばくと跳ねて。――それを言い訳にして、私にしては珍しく本気で苦手なものに立ち向かった。…頑張ったと自分では思う。(周囲にどう思われていたのかは知らないが。)その甲斐もあったのかもしれないが、ともかく私とヒビキ君は学年代表のペアを決めるトーナメントまでコマを進める事が出来たのだ。

……やっぱり、前言撤回だ。私の力なんてほんの塵のようなもので、ほぼ全てヒビキ君のおかげだと言っても過言ではないだろう。私のほぼ皆無に等しいバトル能力をヒビキ君は馬鹿になんてしなかった。むしろ息つく暇も無いほど激しいバトルの中で、何度も何度も声援をくれたのだ。私の技が決まると自分の事のように喜んでくれた。一瞬だったけれども息を合わせた技が出せた時は、喜びの余りにお互いの手を握り合った。

けれども、決勝ともなるとそう甘くはない

衝突したのはミカンちゃんとアカネちゃんのペアだった。学年の中でも屈指の実力を誇る二人がペアになっていると知ったのはその時である。普通ならば絶対に勝てない相手だ。いつもの私なら諦めて白旗を振っていただろう。

けれど、諦めなかったのはヒビキ君が笑顔で頑張ろうと言ってくれたからだ。生暖かい液体のようなものが喉元まで溢れているような、体の中で波打っているような感覚が全身を支配した。どくどくと鳴り響く心臓が伝えるまま、首を上下に動かしていた私は、その時ならば何でも出来る不思議な確信得ていた。ヒビキ君と一緒だったからかな。


―――まあ、結局負けてしまったのだけれども。


**


「おはよ、ナマエちゃん!」
「おはよう、コトネちゃん」


隣の席の机に鞄を置いたコトネちゃんに朝の挨拶を返す。一緒に登校してきたのだろう、ヒビキ君は当然こちらには来ずに朝から不機嫌そうなシルバー君に絡んでいた。迷惑そうな顔をしつつもシルバー君は口元を緩ませている。それを見て和やかな気分になりつつ、少しだけ寂しさを感じてしまう。

――あのバトル。

私はヒビキ君の足を引っ張りに引っ張った挙句、彼を一人にしてしまった。戦闘不能になった私のエネコの分を全てカバーしようとしてくれたヒビキ君は本当に強くて、でも流石にミカンちゃんとアカネちゃんのコンビには敵わなかったのだ。負けたヒビキ君は心底悔しそうで、でもそれ以上に私が一番悔しい思いをしていたのだ。

私が強かったらヒビキ君が敗北を味わう事は無かったかもしれない。苦手だからとずっと避けてきて、今まで負けたって悔しいと思った事は無かった。でも、初めて負けて悔しいと思ったのだ。ヒビキ君にあんな寂しそうな顔で、「しょうがないって。それよりナマエ、普段より動きが良かった!次は負けないな!』って言わせてしまったのが一番悔しかった。


「ナマエちゃん?ぼーっとしてるけど、どうかした?」
「な、なんでもないよ」


コトネちゃんにそう返して、ぼうっと視界に映るヒビキ君を見つめる。……あれからヒビキ君とは必要以上に会話をしていないけれども、私の頭の中にはあの時貰った言葉が何度も響くのだ。任せとけって!そう、太陽みたいな笑顔で笑って私の心をかき乱した、あの笑顔をもう一度向けて欲しいのだ。ああ、シルバー君が羨ましい。あの笑顔を常に、誰より一番に向けられているのは彼だと思う。そこ代われ、と思わず口に出しそうになった瞬間隣からブツブツと小さな声が聞こえてきた。振り返ると俯くコトネちゃん。


「………熱っぽい視線に上の空、無意識に髪の毛をいじる時は考え事……」
「……コトネちゃん?」
「間違い無いっ!ナマエちゃん、恋してるでしょ!?」
「ふゃぐっ!?」


こ、こい!?ら、Likeじゃなくて!?Loveの方なの!?わ、わたしが、誰に!?目を輝かせたコトネちゃんの大声に何事かと周囲が振り返った。(特に女の子の目線がやたらと鋭い気がするのは決して気のせいではないはずだ)集まる視線から逃れようと身をよじると視界にばっちりヒビキ君が映る。シルバー君と一緒にきょとんとした顔で、何事かとこちらを振り向いていた。そんな彼を捉えた瞬間、爆発したように熱が顔に集中する。「やっぱり!」違、これは違うんだって、コトネちゃん!


「ナマエちゃん、シルバーが好きだったんだね…!」


………えっ?




未だ早朝の教室にて

(盛大な勘違いが発生しました)

(2013/09/11)