恋に落ちる音を響かせて



「「トーナメント形式のダブルバトル?」」
「だからエリカ先生がクジ作ったんだってさ。二人も引いて来なよ!」


ちなみに俺は15番ね、と小さな紙を見せてくるヒビキ君。「さっきシルバーのも確認してきたんだけど、あいつ16番だったんだよなあ…」シルバーと組みたかった、と少し寂しそうに笑う。そんなヒビキ君の後ろでは小さな紙を持って少し寂しそうにヒビキ君をちらちらと見ているシルバー君がいるものだから、ヒビキ君のバクフーンとシルバー君のアリゲイツが苦笑いをしていた。そう、二人は何だかんだ、仲が良い。いや、仲が良いというよりお互いに認め合っているというところだろうか。バトルの成績はいつもヒビキ君が一歩手前を走っているけれど、シルバー君もかなりの好成績を叩き出しているのだとコトネちゃんが言っていたっけ。なるほど、組んでみたかったという気持ちも分かる。が、運が無かったのだからしょうがないだろう。…15番と16番という数字に強運を感じないわけではないけど。


「でもヒビキ君、逆に良かったんじゃない?」
「え、何で?」
「ペアだとほら、シルバー君とぶつかった時に正々堂々勝負出来るわけだし」
「あ、そうか!そういえばそうだよな…おーいシルバーっ!」


私達二人に最早目もくれず、踵を返してシルバー君の元へと駆け寄るヒビキ君。一瞬戸惑った顔を見せたシルバー君に拳を突き出して、俺、手加減しないから!とにかーっと笑う。その顔を数秒間呆けたように見つめたシルバー君は―――ふい、と顔を逸らした。顔を逸らしたまま、拳を突き出してヒビキ君と拳をぶつけた。ああ、これが男の友情ってやつか……「コトネちゃん、私たちもクジ引きに行こうか」「そうだねえ…」コトネちゃんは眩しそうに二人を見つめている。「二人があんなに仲良くなるなんて」そういえば入学当初は本当に色々あったのだと、コトネちゃんが語ってくれたことがある。『放送室でシルバー君がヒビキの服脱がしてた時は本当に驚いた』という話が一番印象に強く残っている。


「コトネちゃーん」
「んー?」
「私たち、一緒にならないと良いね」
「えええっ!?」
「私がコトネちゃんと一緒になったら足引っ張るどころじゃ済まないだろうし」
「でも、私はナマエちゃんと一緒が良いなあ」


にこっ、と。笑うコトネちゃんが天使にしか見えなくて思わず抱きついた。「え、ちょ、ナマエちゃん!?」「コトネちゃんやっぱ大好きだわ…」一緒になってしまう人には本当に申し訳無いけれど、私にはてんで才能が無いものだからダブルバトルの実習は胃にダメージが大きいのだ。でも、コトネちゃんと一緒なら耐えられるかもしれない。


**


バトルトーナメントは学校全体で開催する大規模なものではないけれど、それでも時間短縮のためにグラウンドを半分半分に分けて、三年生と二年生でそれぞれバトルを行っていた。AブロックからEブロックまで、飛び交う炎と水と草と雷と…どこを見渡そうとも熱いバトルが繰り広げられている。

自分がバトルに参加する順番が回ってくるまでは、他のバトルを自由に見学していいという。これが多分、先生たちの目論見なのだろう。二年生はほぼ全員、三年生のバトルの見学に行ってしまっていた。当然私もその一人で、ダブルバトルの参考になるようにとクジで当たったパートナーと共に。三年生は二年生の方に来ていて、後輩にアドバイスを残していたりする。部活の先輩後輩関係での対話が多いらしく、どちらのグラウンドも賑わいを見せていた。


「……はあ」


そんな中、私は今すぐにでも帰りたい気持ちでいっぱいだった。思わずの溜め息もしょうがないと思う。握り潰してポケットに入れてしまった小さな紙を、渋々取り出してゆっくりと広げた。―――15。そう、私のパートナーはヒビキ君になってしまった。私がバトルを苦手としているのは当然、ヒビキ君も知っている。だからだろうか、彼は私の闘志を呼び起こそうとでもいうのか、三年生のトーナメントバトルを行っている、Cブロックに私の手を引いてきた。そこではなんとまあ、衝撃とも言える光景が。


「ピジョット、"そらをとぶ"」
「ピカチュウ、ピジョットに飛び乗って。そこから二匹に"十万ボルト"」
「巻き込まれんなよ、ピジョット!」


―――生徒会長と黒髪の三年生が、タッグを組んでバトルをしている。


一心同体とでもいうように、支持を出されたピジョットとピカチュウが簡易ステージの上で舞い踊っていた。相手のペアは翻弄されるばかりで、その光景には黄色い歓声さえも上がらない。どちらかを応援する声すらもない。ただただ、感嘆の溜め息がところどころから聞こえてくるだけなのだ。――三年生の決勝進出ペアはこの二人で決まりだろう。


「な、な、格好良いよなレッド先輩もグリーン会長も!」
「あれに勝てるペアっているの?」
「俺達!」
「……やー、シルバー君とヒビキ君のコンビなら望みもありそうだけど、私じゃ無理だ」
「そんなこと無いって。やってみなきゃ分かんないだろ?」


絶対決勝トーナメントに行こう!ヒビキ君はそんな事を言うけれど、私はまったく勝てる気がしない。エネコなんて私の肩の上ですやすやと寝息を立てているぐらいなのに。ヒビキ君に視線を戻すと、彼は再び目の前のバトルに目を輝かせて見入っていた。

確か先生は…各ブロックごとに決勝トーナメント進出ペアを決めると言っていた。1バトル終了ごとにポケモンは回復して貰える。二年生と三年生、それぞれ全てのブロックから決勝トーナメント進出ペアが決まったら、再びクジで対戦相手を決定。一位になっても特に景品なんかは無いだろうけど、内申としてはバトル評価が上がることになるんじゃなかろうか。研究家志望だからいらない評価だ、そんなの。


「…ごめんねヒビキ君、負けたら私のせいで良いから」
「だーかーら!最初から負けるなんて決め付けるなよ!」
「でも、」
「ナマエ、お前がバトル苦手なのなんて知ってるってば」


じゃあどうしろっていうの、本当にバトル苦手なんだよ私。少し恨めしくてヒビキ君を睨むと、彼はにかーっと、太陽を背に太陽に負けないぐらいの、眩しい笑顔を見せた。「大丈夫!」何を根拠に、大丈夫なんて言うの?





「俺に任せとけって!」




絶対ナマエと一位になる!そんな事を人のいる場所で堂々と叫んで、私の両手を取ってぎゅうっと握りしめて、再びにいっと笑って見せるヒビキ君に、何故だろう。頭の中が一瞬真っ白になってしまっていた。

そんな事言われるのなんて初めてで、たいていはダブルバトルの時には諦めた目線を投げかけられる事が常だったのに。任せとけ、なんて。ずるいよヒビキ君、それ……


―――心臓が、うるさい



恋に落ちる音を響かせて



(2013/08/04)