八万打番外/後日談
※赤視点


「師匠!焼きそばパンとプリンとコーヒー牛乳とサンドイッチどうぞ!」
「や、俺は要らないって何度言えば」
「弟子ってこういうものなんじゃないんですか?」
「…………それをナマエに吹き込んだのは誰」
「会長と副会長ですけど…」
「ごめんナマエ、俺ちょっと生徒会室に行って来るから」
「ええ!?い、嫌です師匠!お昼食べましょう一緒に!」
「あのねえナマエ……」
「今日はシャワーズをカメックスで特訓してくれる日って言ってたじゃないですかー!」
「……………」
「……お、お願いします」
「……………」
「…………れ、レッド師匠?」
「…分かったから、手」
「へ?」
「離して。あとサンドイッチ頂戴」
「はい!」


**


何かが違うのではなかろうか。


「師匠、今日はロゼリア連れてきたんです。この子、最近うちに迷い込んできたんですよねー…紅茶淹れてたらいきなり窓から入ってきて。試しにカップ差し出してみたら笑顔になっちゃって、ボール差し出したら自分で入ってきたんですよ!」


エーフィの代わりにナマエが今日連れてきたのはロゼリアで、彼女はロゼリアをゲットした経緯を楽しそうに俺に語ってくれる。屋上はとても静かで、しかしナマエの声は不快じゃない。不快じゃないが……「師匠?」「聞いてるよ」「それでですね、」納得は出来ていない。そもそもどうして俺、師匠って呼ばれるようになったんだっけ。それでもいいかとかどうして思っちゃったんだっけ?確かにナマエは傍にいてくれるようになったけど!師匠って呼ばれて慕われて、しかしそれは"何か違う"のだ。

(俺って、……ナマエと)

どんな関係になりたかったんだっけ?いや、師弟というのは悪くない。悪くないのだけど、理想としていた形に少し似ていて……でも、まったく違う。慕ってくれているというのは合っているが、彼女は"そういう目"で俺を見ていないようで複雑だ。

勿論バトルは楽しい。ナマエは飲み込みが良いし、手合わせをする度に強くなっていくのが分かる。だからこそもっと、もっと近づきたいと思うのに成立させた関係を壊して、……まっさらな状態からスタートをするとき、拒否をされたらもうこうやって二人で昼食を取ってバトルの練習をしてと、そんな事をする時間は無くなるんだろう。


「……ょう、師匠!」
「ん、何?」
「はい、これ作ってきたんですよ。ポケモン達とレッド師匠と一緒に食べようと思って」


――ナマエが時折、俺の名前を呼ぶ。

それだけで心臓がどくりと跳ねるのだが、俺は顔に出ないらしい。差し出された手作りだというクッキーを袋から出して、いくつかをピカチュウとカメックス、そしてリザードンに手渡した。今日は連れてきていないからだろうか、「少ないですけど、これカビゴンに」とナマエが別の袋を差し出してくれた。その気持ちが一番嬉しいから、ナマエの頭を優しく撫でた。「ありがと、喜ぶよ」「へへ!」嬉しそうに目を細めて気持ちよさそうにする顔に、とくんとくん、と静かに早く鼓動が鳴る。

クッキーは口に運ぶとさくり、と良い音がした。ふんわりと広がる甘さと砕かれたナッツの香ばしさ。ナマエはクッキーと紅茶の組み合わせが好きみたいで、よくお茶請けにクッキーを焼いているということを知ったのはつい最近。「ん、美味しい」「やった!」師匠に褒めてもらえると嬉しいです、なんて可愛い事を行って頬を緩ませるナマエが一番可愛いんだけど、そんな事を言ったら多分苦笑いを返されてしまうんじゃないかと思って、今日もまだ言い出せないでいる。

――――そんな日常が、しばらく続いていた。









「ねえ、先輩」


クッキーの残りを口に入れようとしたところで、ぴたりと手が止まる。即座に反応出来なかった。なんだ、今の。先輩、って……「ナマエ……?」思わず呼びかけると、ナマエは俯いてしまっていた。どうしたの、お腹でも痛いの?思わず覗き込むとそれと同時にばっとナマエの顔が上がる。その勢いに押されて思わず後ずさった。


「……ナマエ?」


上げられた彼女の顔は、どう見たって真っ赤に染まっている。太陽が真上に輝くこの時間。夕日に染まっていたときとは違って、はっきりと頬に入った朱が見てとれる。これは、この唐突なナマエの何かの決意を固めた顔を見るのは初めてじゃない。多分、ずっと前にも見た事がある。そう、―――弟子になりたいと言い出した時だ。「れ、っど先輩」「っ、」あ、師匠、じゃない。なんだこれ。どくどくどく、と脈打つ心臓に痛みを感じて胸に手をあてた。ナマエが口を開く。


「ずっとずっと前から、言いたかった事があるんです。私、」






そういえば彼女は、僕の日常を壊す天才だった
(何かを言い出そうとしたその口を唇で塞いだ)



(2013/07/25)

八万打企画よりのあ様に頂いたリクエスト、屋上二人で番外後日談でした!

屋上少年の話はこのあとの展開はご想像にお任せしますと放り投げた張本人なので、今回とっても悩みました。一度放り投げたので、この話は是非未来のひとつ(要するにif)だと考えて頂ければなあと思います。夢主のクッキーと紅茶好きはただの趣味です。ロゼリアは最初、手持ちに入れるかどうかエーフィかロゼリアか…で悩んでたので今回投入してみました。

すごく久しぶりに書いたので変な感じがしますが、楽しんで頂けると嬉しいです。リクエストありがとうございました!