心を満たしてくれるひと
「キノガッサ、"きのこのほうし"!」
「サーナイト!きのこのほうしを受ける前に"みらいよち"!」
それぞれのパートナーが主人に従い、動く。先制を取ったのはあたしだった。しかし、あたしがきのこのほうしを繰り出す事を予想に入れていたのか、ミツル君がサーナイトに指示したのはみらいよち。「……っ、やばいかな」唇を噛む。ほうしが降り注ぐ前に目を光らせ、未来に攻撃を予知する事を成功したサーナイトが眠りについた。「サーナイト!」ミツル君は引かれたラインを越えて、サーナイトに駆け寄る事を迷っているみたいだった。お互いに今は手ぶらだから、回復アイテムは一切無い。ここで畳み掛けなければあたしは負ける。
ミツル君はたぶん、あたしを励まそうとバトルを申し入れてくれたんだろう。その気持ちは本当に嬉しいのだが――本当に、負ける気はない。ううん、もう負けたくない。バトルの時なら勝ちたいと、勝利を目指して必死になっている姿をミツル君に見せたいと――本当のあたしを見せたいと、そう思う。何よりわざと負けるなんてミツル君にもキノガッサにも、サーナイトにも失礼だ。ミツル君だって本気だった。本気には本気で応えるのが礼儀でしょう?
「キノガッサ、"ギガドレイン"と"タネマシンガン"!未来予知が来る前に終わらせるよ!」
「……っ、耐えてくれサーナイト!」
すやすやと眠るサーナイトの体が未来予知の攻撃に備えて薄く光った。させない!サーナイトに降り注ぐタネマシンガンと、少量ではあるが確かに削り取り吸い取っている体力。このまま行けば勝てる…!確信した次の瞬間、ぱちりとサーナイトの目が見開いた。一瞬キノガッサが驚きでひるむ。目が覚めるのが早いのは、主人に勝利をもたらしたいという強い意思があるからだろうか。
―――ふわり、とキノガッサの体が宙に浮かんだ。
「サーナイト、"みらいよち"!」
「キノガッサ!」
ぐにゃり、とキノガッサの周辺の空間が歪むのが見えた。―――負ける?……ううん、負けたくない。例えミツル君が相手だとしても、タイプ相性が不利だとしても負けたくない!「キノガッサ、立てる!?」「……ッ、キイ!」効果ばつぐんの技を受けてなお、キノガッサはぎりぎりで立っていた。キノガッサを見やる。苦手なエスパータイプの技を必死に耐えたあたしの相棒。――ちらりとこちらを伺ったキノガッサと目が合う。その目は、諦めてなんかいない。あたしに勝利をもたらしてくれると約束するかのような、いつもの笑顔。「……足掻こうか」きあいのタスキが、ひらりと教室に舞った。
「サーナイト、"サイコキネシス"でとどめだ!」
「キノガッサ、"ストーンエッジ"!」
ふわり、とキノガッサの体が浮いた。サイコキネシスの発動の方が早かったようだ。でも―――「大丈夫!勝とう!?」「キノ!」傷だらけの体でにこりと笑ったキノガッサが、自らの周囲に尖った岩を出現させた。「行け―――ッ!」「決めろ――ッ!」あたしの声とミツル君の声が校舎中に響き渡り、キノガッサの体が天井に叩きつけられると同時にストーンエッジがサーナイトに降り注いだ。
**
「………ごめんね、ナマエさん」
「何でミツル君が謝るの」
時は既に放課後だった。あの後、キノガッサとサーナイトは同時にダウンしてしまったのだ。そして、それを認識する前に教室に駆け込んできた生活指導のナナカマド先生にあたしとミツル君は生活指導室に連行された。そしてあの怖い顔で『事情を話せ。授業中に勝手なバトルを行っていた理由をな』と。目の前にサーナイトとキノガッサのボールを置かれ、二人して言い訳の出来ない状況下に置かれて数十分。無理が祟ったのかミツル君が倒れ、流石のナナカマド博士も動揺して保健室に二人でミツル君を運んだ。そして、あたしはミツル君が目を覚ますさっきまで、ずっと保健室にとどまっていた。N先生は優しい目をして『職員室に戻ってるから、用があったら呼んで』と素晴らしい空気の読みっぷりを発揮してくれた。あれはモテるのも分かる気がする。
以外だったのは、保健室の治療道具(ポケモン用)を引っ張り出してきたサーナイトとキノガッサが、お互いに手当をしていたこと。今日初めて知ったのだけど、ミツル君のサーナイトは♂だという。なるほど、キノガッサも女の子だったってことか。「謝らないでよ、ミツル君」彼の一歩手前を歩く、あたしの顔は彼には見えていないはずだ。
「バトル、もやもやが全部飛んでくぐらい燃えたよ!楽しかった!」
「僕もだよ!……いきなり引っ張り出しちゃってごめんね」
「ううん、ミツル君のおかげで本当にスッキリできたの」
もう弱くならない。明日からまた、強い自分に戻れる気がする。それほどまでに久しぶりのバトルは清々しいもので、多分相手はミツル君だったからだ。あたしのために、体に負担をかけてまで素敵なバトルをプレゼントしてくれた。それが本当に嬉しくてたまらないのだ。「本当にありがとう、ミツル君」久しぶりに笑顔で振り向くことができた。少しだけ顔が熱くなるのが分かる。
「……僕さ、実はこの学園に来てから初めてのバトルだったんだ」
「え、嘘!」
「嘘じゃないよ。病弱だったし、でも……バトルはやっぱ楽しいね」
「こちらこそありがとう」と、差し出された右手。迷わずその手を握り返した。「またバトルしようよ、ミツル君」「もちろん。次は絶対に勝つよ」「あたしだって負けないよ!」今回は引き分けだったけど、次はちゃんとミツル君に勝ってみせる。そして、勝ったら伝えたいことがあるんだ。ミツル君と一緒にいるととても楽しくて、色んな世界を彼に見せてあげたくなるってことを。バトルも、今度はコンテストバトルもしてみたいな。それから―――スポーツとかも。全部、全部一緒にやりたい。ミツル君と一緒なら、きっと何でも楽しい気がするの。
「…ね、ナマエさん」
「ん?なあに?」
「僕ね、ずっとナマエさんに憧れてたんだ」
一瞬、ミツル君が何を言っているのか分からなくなった。あ、憧れ!?あたしに!?「ミツル君が!?」「うん、そう」にこにこと笑うミツル君に、まさか憧れていたなんて言われると思わなかったから羞恥で顔が赤く染まった。「…な、んで?」疑問の声に、ミツル君がゆっくりと目を閉じた。緩む口元はとても優しくて、思わずとくんと胸が鳴る。
「だってナマエさん、何でも出来るでしょ?強いし、かっこいいし―――完璧に見えてた。僕もナマエさんみたいになりたいって、ずっと思ってたんだよ」
「そんな!…あたしはそんな大層なものじゃないよ」
「うん。ナマエさんはそんな大層なものじゃなかった」
「え、」
唐突な否定と共に、ミツル君は目を開けた。――優しい真っ直ぐな目が、私の目を射る。
「今日分かったんだ。ナマエさんは、完璧なんかじゃない。パンチは強くても、心はそんなに強くなんかない、弱い部分もちゃんとあるんだ。普通の人より傷つきやすい子だって思った。僕の見てたナマエさんは、ナマエさんの外観だけだったんだ」
「"外観だけ"…?」
「見た目とかじゃなくて、うーん…目立つ部分だとか、そういうとこばかりってところかな。だって遠目に見てるだけしか僕には出来なかったから」
「……今は?」
「ちゃんと、こんな近くでナマエさんの事見てるから分かるよ。ナマエさんは普通の女の子よりもずっと弱くて―――脆いんだ」
「…………あ………っ」
「だからね、」
―――支えてあげたい、と耳元で囁いてくれたミツル君の服の裾を握り締め、思わず涙を零してしまった。ああ、反則だよミツル君。そんな事言われたら好きになって―――ううん、好きになってたんだ。もう、心は君の言葉ひとつで満たされるようになってしまっていたんだ。
心を満たしてくれるひと
(ずっと欲しかった言葉をもらった)
(無理して強がらなくていいよ、とミツル君は言ってくれた)
(――彼が支えてくれるのなら、弱くなってもいいのかもしれない)
(2013/06/07)