心の奥底で求めているもの
「……失礼しまー…す……」
「どうぞ」
からから、と遠慮気味にドアを開けると今日は居るらしい先生の声が聞こえた。確か今年来た新しい先生で理事長の息子だって噂のN先生。名前が珍しいから覚えていた。アルファベット一文字なんてとっても珍しい名前だと思う。
……とまあ、そんな事はどうでもいいのだ。ミツル君は今日はいるのだろうか?
「先生、あの……」
「どこも悪くないようだけれども、何か用かな?」
「えっと……ミツル君はいますか?」
「ああ、彼なら今は眠っているよ」
「そ、そう……ですか」
眠っているのなら起こす必要はないだろう。なんとなく居心地が悪くなって周囲を見渡す。保健室にめったに来ないし先生は初めて会うから何故だかとても緊張した。多分、普段みたいに流暢に喋れないのもそのせいだ。別にミツル君に会いに来た…だけで、話題なんて何も用意していなかったから丁度良かったのかもしれない。それじゃあ失礼します、と再び扉に手をかけようとすると「もしかして君がナマエさんかな?」という先生の声。思わず手を止めて振り返る。先生はどうしてあたしの名前を知っているんだろう?
「この間、怪我したんだって?」
「……何でそれを?あ、勝手に道具使っちゃっ――」
「ああいや、それは良いんだ。気にしないで。…いやね、この間何人かの男の子達が『ナマエが怪我してたんだけどどこ怪我したんだ先生、狙うから教えてくれ』って」
分からなかったし、分かってても教えないけどねと優しく微笑むN先生を目の前に思わず頭を抱えた。――明らかにうちの男子部員じゃないか!何してるんだあいつら!擦り傷程度狙ったからってあたしに勝てるのかあの程度で。卑怯過ぎるだろう!というかあたしはどれだけ……あたしだって普通の人間だっていうのに、どうして誰も気がついてくれないんだろう?
「すいません、うちのバカ部員が…」
「いつもの事だよ。普段はナマエさんにやられたーとか、強すぎるとか言ってたから……それでどんな子かずっと気になってたんだけど、僕の居ない時にここに来てたって聞いて『しまった』って思っちゃって」
「いつもの事……だと?」
ゆるゆると微笑みながら言葉を紡ぐ先生の顔が見れない。あいつらは何をしているんだ。普段から色んなところにあたしの悪評を流しているんですね?分かります。だから校内であたしとすれ違うたびに男子生徒が目を逸らすのか!購買で道が開くのもそのせいか!なんだろう、ここまでされると虚しくなってくる。何で……誰も、本当のあたしを見つけてくれないの?ねえ、誰か、
「――さん、ナマエさん?聞いてる?」
「っ、あ、はい!」
「強いのは良いけどトドメは刺さないであげてね?」
「あっ、ああ、普段から手加減はしてますよ。一応あいつらも強くなってはいるので、それに合わせてます」
「凄いんだね、ナマエさんは」
どこか遠目で先生を見る自分がいた。ああ、さっきは……一瞬意識が飛んでいたらしい。あたしは何を考えていたんだろう?――無理に決まっているのに、憧れているんだろうか。きっと手に入らないのに、王子様を待っているの?違う、違う違う!だって、王子様が迎えに来てくれるお姫様はか弱くて……可愛らしい。むしろあたしこそが王子様の理想だと言われるぐらいなのに。嫌だというわけではないけど、嬉しさは感じなかった。あたしだって幼い頃は童話に出てくる王子様に憧れていたのだ。
「……ナマエさん、授業始まっちゃうよ?」
「っ、あ、はい!」
まただ。――今日のあたしはなんだかおかしい。保健室の扉に手をかけて、振り向くとカーテンの隙間からミツル君の寝顔が見えた。目を閉じる彼の肌は白く、唇は赤く、まるで白雪姫のよう。毒林檎を食べて眠りについた――……あの目を覚まさせてあげたいと思いながらも、急かすチャイムに負けて廊下へ駆け出した。
その日は学園に入学して初めて、男子生徒に組手で負けた。
心の奥底で求めているもの
(求められたい、そんな欲求)
(2013/04/23)