寂しそうな目
「すいませーん、先生居ますかー……居ないのか」
失礼します、と小声で呟いて扉の隙間から体を滑り込ませる。保健室に来るのは初めてだった。
めったに軽い怪我なんてしないあたしだが、ちょっとドジをやってしまったのである。おかげで擦りむいて血が出た。久しぶりに自分の血を見た。
野郎共には「ナマエの血も赤いのか」なんて言われたが女の子達……主に親友のハルカは普段のあたしに慣れているせいか怪我に動揺して保健室を必死で勧めた。
付き添うからというハルカを必死に断り、でも絆創膏は欲しかったから入学式に案内されて以来の初めての保健室にやってきたのである。
「……っと、勝手に触っちゃ悪いんだろうけど早く戻らないとね」
戸棚から赤い十字マークの付いた白い箱を取り出し中を確認する。そのまま見慣れた消毒液と包帯とガーゼを取り出した。
とりあえず蛇口で傷口は洗っているから、このまま消毒しちゃえば問題無いかな?
傷口にガーゼに含ませた消毒液を宛てがう。びりびりとした痛みが体中を駆け巡るが我慢。少し声が漏れたけど保健室には誰も居ないから大丈夫だろう。
……と、ここで問題が発生。
「やば、包帯巻けない…!」
擦りむいたのが利き腕だったからだろうか。使い慣れない腕を使って包帯を巻くのは至難の技としか思えないんですがどうしたらいいですか?
やっぱりハルカについてきて貰えば、なんて考えながらも時既に遅し。あ、いけない!包帯が手から零れ落ちる。思わず掴もうとした手は空を切った。
取り落として床をころころと転がる包帯を拾おうと立ち上がる。包帯は新しい布を床に敷きながらカーペットのように、カーテンで仕切られたベッドの中へと入っていった。
床に敷かれた包帯を引っ張ってもころころと転がるだけだろう。誰も居ない…んだろうか?本当に?
「声も息も聞こえないし授業中だし、大丈夫……だよね?」
そろそろ、と足音を忍ばせて包帯が転がっていってしまったベッドに近づく。なんとなく悪いこと……覗き見をするわけじゃないのに、不思議と沸くのは罪悪感。
これは自分の腕に包帯を巻くためだ、と言い聞かせてゆっくりとカーテンに手をかけた。シルエットは整えられた布団の形だ。…多分。
もし誰かが眠っているのなら起こさないように、―――そっとカーテンを引いた、その瞬間。
「―――――ッ!?―――――ッ!!!」
「この泥棒―――って、ナマエさん!?ま、待ってサーナイト!その子違う!」
**
「……えっと、その……ごめんね?僕の早とちりのせいで……」
「まさかミツル君が寝てたなんて思わなかったもん。あたしの方こそごめん」
「寝てたから、誰かが入ってきてたっていうのにびっくりして。しかもブツブツ言ってたし戸棚漁ってるみたいだから泥棒かと」
「うっ、それについては何も言えない…!」
「包帯追いかけてたなんて分かんなかったから、……はい、どうぞ」
「体調悪いのに邪魔しちゃってごめんね。――うわ、すっごい綺麗。ありがとうミツル君」
右腕に巻かれた包帯を見て、お礼なんてと少し照れるミツル君。彼のサーナイトが戸棚に救急箱を仕舞っている。
そう、ベッドにはクラスメイトのミツル君が寝ていたのだ。彼は病弱で体育の授業に出ている事が滅多に無い。確かユウキ君と仲が良かった記憶がある。
何故私はミツル君が体育の授業に居なかったのに保健室に居ると思わなかったのだろう。自分の単細胞さを少し呪う。
これだから脳みそ筋肉女、なんて言われるんだと溜息を吐いた。(脳みそは皆筋肉だと思うのだが)普通の女の子なら包帯ぐらいきっと普通に巻ける。
「でも珍しいね、ナマエさんが怪我なんて」
「うわあ、ミツル君までそう言う…」
「だってナマエさん強いし格好良いし。運動神経だって学年一でしょ?いいな、羨ましいよ僕」
僕はやりたくても出来ないから、と少し寂しげにミツル君は笑った。同時に授業終了のチャイムが鳴り響いた。あ、体育終わっちゃった…
寂しそうな目
(普段は隠しているのだろう、その本音が)
(やけに切実で苦しくなった)
(その顔が、焼きついてしまって離れない)
(2013/04/14)
新シリーズはミツル君。保健室のエンジェルですよね彼
ああサーナイトさんに跪きたい!