3主をあいしている
きっとありきたりな幸せは、二人の未来にないのであろう。勇者にはあれど、ナマエには存在しないものなのであろう。漠然とした予感を抱えたナマエは遠い日を思い出すような気持ちで、昨晩のことを思い出した。触れあう肌の熱と、自分の名を呼ぶ声が海の底へ、暗い、暗い海の底へと沈んでいく。帰ってくることのない、闇に満ちた、この世界の深淵へと誘われ、ナマエはそっと目を閉じる。
隣でううん、と小さく勇者が唸る声が聞こえた。腕が微かにナマエの肌に触れた。心臓を跳ねさせたナマエはすぐに首を振り、手探りで勇者の指先を探ろうとする手に動くなと命じる。この世界に二度と、愛おしき勇者の元に二度と、帰って来られない日が来ることを知っていてなお、ナマエは勇者を望んでしまった。そして勇者は、それに応えてしまった。その報いはやがて二人の元に、必ずやって来るのであろうとナマエは思う。
――私が死ぬその日、勇者様は、悲しんでくださるのでしょう。
大魔王のその腕の中で、静かに息絶える未来がナマエにはずっと見えている。深い、深い闇の底でナマエは、その腕に抱かれ、死ぬために生きている。自分の最後なんて知りたくなかったわと嘆けども、必死に未来を変えるべく足掻こうとも、この夢が終わることはない。愛した人の切り開く美しい世界を、平和な未来をこの目で見て、勇者ではなく一人の青年に戻ったその人の隣に立っていたかったと願えど、それは叶わないのだ。
あいしています、白い壁にナマエの小さな言葉が吸い込まれ、誰の耳にも届くことなく消えていく。
20160809