越えられなかった壁
※夢主は妖精
初めてリュカを見た時、その優しい瞳に一瞬で心を奪われたのを覚えている。
彼に従うベビーパンサーは主人のことをとても信頼していた。恐ろしい魔物だと言い聞かされていたから本当に驚いて……
獣の首に巻かれた桃色のリボンがひらひらと風に飛ばされた時、リュカのそのリボンを結びなおす手つきはとっても不器用だったっけ。
頭をかきながら私にリボンを差し出してきた、照れくさそうな笑顔が頭から離れない。
『ナマエ、ボクは綺麗にリボンを結べないからチロルに結んであげてくれる?』
―――思い出すだけで優しい気持ちになれる記憶。彼のおかげで寒い冬は暖かな春へと成ったのだ。
「……リュカ」
彼の名前を呟くだけで、未だ彼を忘れられない幼い私は満たされてしまう。
はるかぜのフルートを取り返したらもう二度と会えなくなるなんて最初は思っていなかったんだよ?
それを知ったのは彼が帰ってしまう直前のこと。
必死に私を引き止めるベラとポワン様を説得して、彼についていきたいと懇願した。けれども許しなんて出るはずもなく、バラの檻に閉じ込められてしまったっけ。
さよならの一言すら言えずに終わってしまった恋。人間に恋をするなんて馬鹿げているとからかわれたけど、リュカは本当に素敵で―――……
「ナマエ?」
「………え、っ?」
―――いつもと同じように、木の幹に寄り添って花冠を編んでいた私にかけられた声。
記憶のものより低い、でも落ち着いた懐かしい声に顔を跳ね上げた。
幼い頃と変わらない優しい瞳は細められ、私の手に大きな手が置かれる。
「やっぱりナマエだ!元気だったかい?」
「……え、えっ!?……りゅ、か?リュカ、リュカなの!?」
「そうだよ。ほらチロルも!うわあ久しぶりだね!」
優しく撫でられる頭。ああ、またあなたの名前を呼べる日が来るなんて!
―――でも、どうしてそんなに大きくなってしまったの?
彼に問いかける前にガウ、と恐ろしい獣の声が聞こえてぴくりと身をすくませる。声の主は成長してしまったリュカの横からひょこっと顔を出した。
首に巻かれた古いリボンの桃色が目を惹く。チロルだ、私を覚えてくれているの?
そっと手を伸ばすと鼻を擦り寄せられる。――獰猛な見た目でも、中身は変わっていない。
口元が緩む。大きさなんて関係ない。リュカはリュカで、チロルはチロルだ。私はやっぱりあなたが好きで―――……
「お父さん!急に走り出さないでよーっ!」
「……おとう、さん?」
道の向こうから走ってくる、私と同じぐらいの背丈の金色の影。
声に反応して振り向いたリュカに鈍器で殴られたような衝撃が走った。
リュカが、"お父さん"?
少年の後ろからは彼と同じ髪の色をした女の子が走ってくる。こらこら走らない、と少年に声をかけて私の傍を離れていくリュカの笑顔が心に刺さった。
――私を見る目より、あの子たちを見る目の方がもっと深い何かに満ちている
足りない頭はその深い"何か"がどんな感情すら分からない。成長しない自分の体をこんなにも呪ったのは初めてだった。
駆け寄ってきた少年が私に気がついてリュカの後ろに隠れる。よく見るとリュカに似た顔立ち…
「ねえお父さん、この子は誰?」
「友達だよ」
「へえー……はじめまして!ボクはレックスだよ、君は?」
「……ナマエ」
「ナマエかあ!よろしくね!」
――少し戸惑い気味だった私の手を取り握ったレックスの笑顔は少しリュカに似ていて、戸惑う。
どうしていいのか分からずにリュカに目を向けた。恐らくこれは……そういう、こと?
「……リュカの、こども?」
「そうだよ」
私の問いかけに対して優しく微笑むあなたの笑顔に、こんなにも胸が苦しくなるなんて。
あの時無理矢理にでも彼についてこの世界を飛び出していれば、私がリュカの隣いられたんだろうか?
――ずっと会いたかったリュカ
昔は壁なんてなかったのに、急に現れたリュカはいつの間にか本当に遠い人になっていた。
薬指に綺麗な指輪を嵌めたリュカが微笑む。釣られて女の子とレックスが、チロルが満面の笑顔になる。
それは、とても素敵な光景だった。
なんて幸せそうな家族。私の入り込む隙間なんてあるはずがない。
「リュカ、ポワン様に会いに行くんでしょう?早く行かなきゃ」
「あ、そうだった」
二人の元を離れて私のところへ歩いてくるリュカ。きっとこれが彼に触れられる最後。
ゆっくりと手を伸ばすと彼の大きな手がそれを握った。昔は同じ大きさだったのにね
握手で私はあなたの手をきちんと握れないぐらいに小さいの。
「……それじゃ、ナマエ」
「うん!またね、リュカ!」
精一杯の笑顔で、彼と別れるのが私の最後のプライドです
越えられなかった壁
(種族の差なんて、愛で埋められたかもしれないのに)
(2013/04/02)
ボツになった5主息子君連載のお話。5主に恋してた妖精っ子に、レックスが恋心を抱くという内容でした。
余裕が出来たらいつかやらかすかもしれない。多分やらない。