急募:特別扱いの回避方法
いや、それまでさんざんどこのトカゲの骨とも知らないやつなんて、目の仇にしてたのに……という小さな呟きを聞いたエステラが、あはは、と小さく乾いた笑いを漏らしたのを、トビアスはしっかりと視界に捉えていた。既に総主教も退室し、静かになったこの部屋には気まずそうな解放者とトビアスだけが残されている。解放者は部屋の手配が終わるのを待っており、トビアスは部下に解放者のための部屋の手配をさせているところだった。解放者――ナマエの衣食住を監視下で確保し、氷の領界の調査が進むまで鋭気を養ってもらおうという考えだ。
「解放者様」
「……な、んでしょうか」
「解放者様は、ここではない世界から来られたのですよね」
「…まあ、そうですけども」
「やはり植物や鉱物は、このあたりのものとは違うのですか」
どうしても気まずそうな表情を崩せないナマエは、トビアスが世間話のトーンで投げかけた問いかけに答えようとし、ああ、だのうん、だの少し唸る。…正直なところ。ナマエはトビアスに最初から、苦手意識を持っていたわけではない。寧ろ自分の信ずる総主教のために自ら解放者として進もうとするトビアスが自分の存在を胡散臭がるのはしょうがないと納得していた。それでも自分の進むべき道を、封じられたこの世界を切り開いて行かなければアンルシアもフウラも、ヒューザもラグアスも自分の兄弟も、ここに辿り着くまでにはぐれてしまった二人とも、再会することは出来ないだろうと思ったから自分の信じるままに進んだ。それだけだ。…それだけのはずだった。
――結果、それは氷の領界への道を解放することに繋がった。元々の所謂土台作りはトビアスとエステラが成し遂げたものだし、私は大したことをしていない。ただ先に進まなければならなかっただけなのだと…ナマエは異論を唱えたのだが、解放者様解放者様と崇められ奉られ、それなりの対応をされるようになり、逃げ出したくともこの世界から帰る方法が見つからない以上、ナマエは解放者様、という呼び名を受け入れるしかなくなったのだ。
そうしたらどうだろう。自分を目の仇にしていたトビアスがくるりと手のひらを反して、他と同じように"解放者様"を崇め奉るようになったのだ。結果、トビアスがナマエに向ける言葉は全てきっちり固められた誠意の籠る敬語になった。今までの非礼をお許しください、と頭を下げられた瞬間に走った寒気を、ナマエは今でも覚えている。トカゲの骨が一瞬で解放者様にランクアップしたことに、拒絶を表されると思っていただけにそれは、ナマエにとっても想定外のことだった。
部屋にいた誰からも敬われ、奉られ。この世界でナマエの心の拠り所は唯一普通に接してくれるエステラのみとなりつつあった。そしてエステラが普通ならば、トビアスだって普通に私に接してくれても許されるんじゃないの、という考えがナマエの頭を占拠している。正直に言うと、ナマエはトビアスに敬語を使われるのが気持ち悪い。
「…ええと、トビアス」
「どうされましたか」
「……どうされたっていうか、敬語やめない?」
「何故です」
「いや、トカゲの骨のほうがまだマシっていうか」
「…?解放者様はおかしなことを仰る。は、それとも非礼に対しての謝罪が」
「足りないことはないしお腹いっぱいだし正直むず痒いの!」
「はあ」
「……溜息吐きたいのはこっちなのに…!」
人差し指で痛むこめかみを抑えると、不思議そうな瞳のトビアスが赤い髪を揺らすのがナマエに見えた。澄ました顔しちゃって、とナマエが呟いてもそれはトビアスの耳に入ることはない。…やめてもらえなさそうな敬語、線引きをされている感覚。ナマエの望みは初めて見た時にはっと目を惹かれた、その赤い髪に触れることだった。だからこそ密かに抱いたその願いが叶うのを夢見てそこそこ友好的に、エステラと同じようにトビアスとも付き合っていけたらいいなあ、と考えていた。…解放者様とその解放者様に無礼を働いた過去を持つ総教主の側近。そんなものにならずに、やたらと自分の邪魔をしてくる異世界人と解放者候補、でいられた方がもっと理想通りの、近付き方になれたんじゃないかな、と密かにナマエは考える。そもそも自分に背負わされるものが大きすぎるとも考える。エテーネに生まれず冥王との戦いに巻き込まれず、勇者の盟友に生まれる運命になかったのであれば、もしかしたら自分はこの世界で、竜族として生まれていた可能性があるのだろうか。…やはり、無かっただろうか。盟友として生まれたことで解放者になる資格を得たこと、数奇な運命を背負っていたからこそ今の出会いがあるのだと、感謝した方がいいのだろうか。ナマエはこめかみに人差し指を当て、考える。そもそもどうして、こんなにトビアスの敬語がむず痒いんだろう。私はただ、トビアスと仲良くしたいだけなのに。――ナマエはそれを口に出せない。
「トビアス、せめて"解放者様"、じゃなくて名前で呼んでよ。エステラだってそうだよ」
「いえ、無礼を働いた過去があります。そのようなことは」
「……結構トビアスって頑固だね」
「そうでしょうか」
「私がいいって言ってるんだから、いいと思う」
「…善処しましょうか」
「………呼びたくないものを、無理に呼ばせる趣味はないけど」
トビアスの表情を盗み見て、目元が少しだけ動いたのを視界に捉えたナマエは今度こそ、聞こえないように深い溜息を吐いた。次にトビアスが自分を呼ぶときは、やはり"解放者様"のままなのだろうとナマエは心の底で悟る。白い肌、ツノ、エステラの艶やかな紫髪とは対照的に、この世界に来た時初めて目にした炎のような、それでいて穏やかな赤色の髪。…敬語で固められていない言葉が欲しい。他と同じ呼び名で、私を呼ばないでいて欲しい。解放者様ではなくて、盟友でもなくて。ナマエのことを呼んで欲しいと思っている。…別に、必要とされているのであれば解放者でも構わないけどとナマエは思う。――今まで誰にも抱くことがなかった感情を、ナマエは言葉に出来ないでいる。
急募:特別扱いの回避方法
(2015/10/21)
まあ私は3キャラつかってダストン様とドゥラ君とカンダタに全力投球だったんですけどね!
結果発表見ました40位…?トビアス様40位…?……????…?量産するしかない?