幸福の色彩で彩る




「ガガイさん」
「………」


呼びかけても返事が返ってくることはない。彼は静かに手を合わせて、墓石の前に跪いている。――ずっと、そうしたままなのだろう。「……ガガイさん、」もう一度、声を絞り出す。…反応はない。死んだみたいに、彼は動かない。

最初に出会った時の荒々しさが嘘みたいに、ガガイさんは静かだった。討伐依頼、迷い込んだ魔物の巣、目撃情報のあった野獣の変わり果てた姿、私を殺そうと襲いかかってきた、目的の魔物の大半を新しい技の実験台にしてしまった"死神"……勇者の盟友である以上、それなりの修羅場は踏んでいる、つもりだ。だからこそ対応出来た襲撃だったのだけど、ガガイさんはそれに興味を示した。最初、死神と名乗った彼は私の強さについて知りたがった。私もガガイさんの強さが気になった。約束を交わし、出会った場所で私達は定期的に手合わせをするようになった。純粋な楽しさがそこにはあって、私はガガイさんのことをもっと知りたいと思うようになって、――ガガイさんのことを何一つ知らないことを知った。ガガイさんは、秘密で固められた人だった。

ガガイさんは、私とは違う強さを持っていた。……ガガイさんが自ら自分の名前を明かしてくれるまでになった時、私は彼が復讐や呪いの類の感情で強さを求めてきたことを知ったのだ。知りたかったんだろ、とどこか自嘲気味に呟いたガガイさんの顔を見ることは最後まで出来なかった。知りたかったのはそういうことだけど、そういうことじゃないなんてとても言えなかったのだ。――ある男を、殺すためだけに強さを求めている。ガガイさんの瞳が暗い色をしていて、私は何も言えなくなった。そうして、ガガイさんは次の日から約束の場所に姿を現さなくなったのだ。

それから暫くして立ち寄ったランガーオの村で私はランガーオの村王と関わることになり、ランガーオの村とガガイさんの過去のすべてを知ることになる。野獣の巣から出ていくガガイさんとすれ違った時、声を掛けようとして掛けられなくて、ただただ暗い深い復讐に燃える鬼の瞳にどうしていいのかわからなくなったあの時。止めた時、呪いの矛先が私に向くことが怖いと恐れたその時にやっと、やっと私はガガイさんを好きになっていたことに気がついたのだ。


「……お願いです、ガガイさん」
「……」
「こっちを、向いてください」


溢れ出たのは懇願だった。ぴくりと、小さく肩が揺れるのが見えた。ああ私の言葉に小さくでも、反応を返してくれたことがこんなにも嬉しいなんて!
一歩、ガガイさんの方へ踏み出す。…恋の終わりが近づいている。きっと最初から知っていた。知っていたから封じ込めようと、心の奥底で足掻いていた。それでも今も諦めきれないのは、きっと私が我が儘だからだろうと思う。ごめんなさい、ガガイさん。好きだと言うのなら私はあなたを止めるべきじゃなかったのかもしれない。でも、それでも。


「……好きでした、ガガイさん。あなたのことが、最初からずっと」


微かに顔を向けたガガイさんの横顔が、その目が見開かれるのが見えた。…お願い、耐えて、泣かないで私。唇を噛み、そっと目を閉じ、開ける。引き吊っていてもいい、笑わなきゃいけない。
――昨日、ガガイさんの復讐は終わった。止めたのは村王であり、私であり、変わったランガーオの村のすべてだった。それでもガガイさんが失ったものは戻ってこないし、私がその代用品になれる未来もないのだろうと思っている。好きでした、じゃない。好きです、だ。……悪い、と言われるのが分かっていて好きです、なんて言えるほどの勇気はもう心のどこにも残っていなかった。好きです、好きです、最初からずっと、あなたともっと一緒にいたいと心からそう思っていたんです。――…私の差し入れした料理を、美味しそうに食べてとても寂しそうに笑ってくれたあなたと、共にいたいとどれだけ願ったか。


「……悪かったな、女の顔に傷を付けた」
「いいんです、気にしません。……ガガイさんは、これからどうされるんですか」
「……さあな」


黙り込んだガガイさんが手を伸ばして、私の頬に触れた。赤く腫れ上がっているけど、きっとそのうち腫れは消えるだろう。きっとこの感情も、時と共に流れて消えていく。そう思うと心臓がぎりぎりと軋んだ。そっと私も手を伸ばす。大きなごつごつとしたその手のひらを捕まえて両手でそっと包み込む。答えが返ってこないことは知っていたけど、知っていたから受け止めるだけだ。さようなら、ガガイさん。私の目の前から消えていってしまうあなたに祈りを。あなただけに捧げる私の祈りを。


「ガガイさん、あなたのこれから先の人生が、…溢れんばかりの幸福で彩られていますように」





(2015/09/13)

ドルワームの院長にめっっちゃかわいい幼馴染がいて失恋キめたのでガガイさん書いた
ランガーオのクエよかったです