不滅の愛をあなたに
「ねえ、アルスはチューリップの花言葉を知ってる?」
「チューリップ?」
「うん。色によって意味が違うのよ」
「へえ……ナマエは物知りなんだね」
感心を込めてひとつ頷くと、ナマエは少しだけ寂しそうに笑った。お城の小さな小さな庭園。島の中でもひときわ静かなその場所で、キーファの姉であるナマエと会うのは小さな頃からの習慣だった。体が弱いナマエはなかなか外に出られないけれど、僕が話すキーファやマリベル、漁の話はとても楽しそうに聞いてくれる。そう、楽しそうに笑顔を浮かべながら聞いてくれるのだ。病気のことなんて感じさせないぐらいに、ナマエはとても朗らかに笑う。なのにどうして、今日はそんなに寂しそうな顔をするんだろう。
成人の儀があったじゃない、とナマエは目を伏せて口元を緩ませた。「赤いチューリップをね、貰ったの」大きな花束ではなくて、一輪だったとナマエは言う。赤いチューリップの花言葉を知っているかというナマエの問いかけに首を振ると、そうね、と少し納得したようにナマエが頷く。
「"愛の告白"」
「……えっ?」
「ずっと私の身の回りの世話をしてくれていた人がね、くれたの」
父さんにも気に入られている、とても誠実な人なのとナマエは言った。「同い年で、生まれた頃から一緒で……私がこうしてアルスと会っていることも知ってるわ。父さんに黙っていてくれて、私の無茶を叶えてくれて――私は彼がとても好きなのよ。信頼しているわ。でもね、違うの。……結婚は、違うのよ。私、私ね」どうしたらいいのかわからない、とナマエは顔を覆って目から涙を流した。「違うの、違うのよ……私のは家族愛なのに」彼はそれを、愛だと思っているのだと言った。
返事をせがまれているのだと、小さく嗚咽を漏らしながらナマエは言った。「一言、"あなたを愛しているわけじゃない"って言えばいいのは分かってる。分かってるのよ…?でも、怖いの!傷つけるのが怖い!二度と、…話も何も出来なくなるなんて嫌なの。こんな風に思われているなんて知らなかった…きっと彼に甘えすぎていたのね」勘違いをさせちゃったんだわ、と酷く切なそうにナマエが唸る。
「ねえアルス、…どうしたらいいの?」私はもうどうすればいいのか分からないの、と顔を上げたナマエの目は真っ赤になっていた。ああ、彼女は彼女なりに散々悩んだのだろう。家族も同然の人間を傷つけるのが嫌だと言うその姿は酷く傲慢で都合のいいことだと思う。相手に自分の望みを言わないあたりが、とてもずるいと思ってしまった。
それじゃあ、逆に聞いてみたい。「ナマエ、」呼びかけるとなあにアルス、と掠れた声が目の前の少女から発せられた。成人の儀は終わってしまったというのに、随分と子供っぽい顔をするのだなあと思う。これじゃあキーファのお姉さんというより、キーファの妹のような感覚だ。年上だとあまり思えないナマエのドレスの裾を掴んだ。
「ねえ、どうしてそれを僕に?」
「…………アルスのことが、好きだからよ」
「…じゃあ、僕にどうして欲しいの」
僕だってナマエのことが好きだ。無知で、故にずるくて、悩んでいる目の前の彼女をいつだって見守ってきた。愛おしさが込み上げる言葉に思わず、せりあがってきたものを飲み込んだ。潤んだナマエの目が僕を見つめる。決まってるわ、とナマエが小さく呟いた。「…そう、決まってる。決まってるのよ。ねえアルス、」僕より身長の高いナマエが、そっと立ち上がって僕を包んだ。その手はどこか縋るように背中に回される。
「どこか、うん…海の向こうにでも」
「海の向こうにでも?」
「……お願い、攫って欲しいのよアルス。攫ってくれると言って頂戴。そうしたら私はあの人に白い色のチューリップを贈って、あなたに紫色を贈るから」
不滅の愛をあなたに
(2014/04/10)
チューリップが綺麗だった記念に雰囲気文章でした