愛が欲しくてたまらなかっただけだから





神様から貰った人よりも強い、魔法の力を使うのはいつだって自分の為だけだったわ。だってそうでしょう?私だけが持っている宝物よ、私は特別なの。

得意な魔法は人を惑わせるものばかりだった。傷つけることは罪悪感を生んだし、禁忌に触れる魔法には怖いから近寄りたくなんてない。それに比べて幻術は、まあなんて素敵なんでしょう!誰だって私の意のままよ!

マヌーサで素敵なあの人を惑わした。綺麗だねと褒め称えてくれたその唇でキスをして欲しかったからキスをねだると、虚ろな目でその人はキスをくれた。心は満たされなかったけれど、夢みたいに素敵な時間だったの。だから私は、その時間を何度も繰り返したわ。

勿論全員同じ人なわけない。恋人がいる人だって、私が目を合わせただけですぐに魔法にかかっちゃうんだもの。この世界中みんな、私の虜にだって出来そうよ!世界は全部、私のもの!……そう、みんな私を愛してくれる。誰だって、誰だって愛してくれる。私が欲しいと願ったものはみんな与えて貰えるし、私がいらないと思ったものは全部排除してもらえるの。そして口を揃えてこう言うのよ、『あなたが一番です』って!



……



………こんなに素敵な力、忌むべきものではないのだわ。……なのに、母さんも父さんも、私を気味が悪いといってぼろぼろにして、捨てた。泥だまりから這い上がるのは本当に、…生きながら死んでいるようなものだった。誰だって私を見るときは汚いものを見ている目で見て、後ろ指を差して嘲笑うの。涙なんて枯れ果ててしまったあとに、私は自分の持っているものがいかに素晴らしいかに気がついたのよ。

それから這い上がるのは容易かったわ。家族はみんな、今頃あの小さな村からこんな大きなお屋敷の主になった私を羨んでいるでしょうね!私を取り囲むものは全て今、私を認めてくれる人ばかり!(本当に?)私を愛してくれる人ばかり!(偽り無く?)

――虚ろな目?そんな、そんなことない!みんなほら、幸せに満ちた顔をしているわ。私の傍に居られて幸せです、って。ね、そうでしょう?…ほら!はい、勿論です、って!嬉しい、大好きよ!(その大好きは、)うるさい!大好きは、大好きなの!


大体何よ、さっきから!勝手に人の家に上がり込んできて……(この街の人達がとても困っている)っ、そんなの私には関係ないわ!みんな、自分の意思でここにいるんだもの!(その割にはここに居る人はみんな…)みんな、何?(君を見ていない)…何言ってるの!?見てる、私を見てる!みんな、私を愛してくれているの!私を見て、私を…きれいだね、って、言ってくれるの!私が綺麗じゃなかったら、だって、離れていっちゃうはずでしょう!?(魔法で縛って、)縛ってない!(繋ぎ止めているだけだ)違う!違う!みんな、みんな、……自分の、意思で、

(本当は気がついているんだろ?)何よ!失礼だわ!早く出ていって!(この人達が君なんか見ていないってことぐらい)違う、違う違う違う違う違う!違うわ!見ている!私を見てくれているの!(じゃあどうして、君は幸せそうじゃないの)幸せよ!私は世界で一番幸せなの!この魔法の力は、神様が私を愛してくれたから!(本当に神様に愛されたかった?)……愛されて良かったに、決まってるじゃない!いい加減にしてよ、出ていって!ここは私だけの世界なの、私の居場所なの!――やっと、出来たの!私を愛してくれる人がいる、私のいていい場所!壊すんなら、あなたも―――!


………えっ?


ねえ、なんで……どうして立っているの?っ、やだ、なんで…!?(効かないよ)う、うそ、嘘よ!誰にだって効くのよ、これは!私は完璧な魔法で、私は、(僕はその…うん、こういうのは全部効かないんだ)……や、やだ、来ない、で…(だからほら、)嫌、嫌ああああああ!助けて、助けて誰か、嫌だ、嫌だ!見ないで!(どうして?)わた、わたしは、醜くて、気持ち悪くて、汚くて、それで…だから、誰からも、…………崩、れる……?





「愛して欲しかったんでしょう?」
「君はとても寂しかったんだ」
「とても素晴らしい力を持っているのに、それが逆に疎まれる原因になって」

「親を恨み」
「兄弟を恨み」
「人を恨み」
「でも寂しくて寂しくて辛くて、」
「誰かに愛して欲しくてたまらなくて、」

「確かにみすぼらしいのかもしれない」
「醜いのかもしれない」
「でも、本当に自分をそう思わない人間はそんな事考えたりしないよ」
「君は心のどこかで気がついていたんだ」
「こんな事を繰り返してもただただ、虚しいだけでしょう?」


「――少なくとも僕は、さっきまでの偽りだらけの君より、魔法が溶けた君の方が綺麗だと思うよ」


オレンジ色の布が揺らいだ。

彼の言葉に握り潰されて、粉々にされてしまった私の心が魔法の全てを支えていた。ガラス細工のように繊細で完成されていた(本当は未完成の)虚像のお城が崩れ去っていく。煌びやかなドレスに身を包んだ私はもういなくて、元の傷だらけでぼろぼろの泥だらけの服に身を包んだ私を彼は抱きかかえた。

顔だって魔法が溶けてしまえば醜いと揶揄された時のままなのに、彼はにこりと笑って綺麗だよと言ってくれた。その一言だけで満たされたのかもしれない。涙が頬を伝っていたと知ったのは彼の指が拭ってくれたからで、呆然としたままの私のおでこに、優しいキスが降ってくる。


「ずっと君を探してたんだ。――ねえ、僕が本当の愛をあげるから」


大きく目を見開いた。「……えい、と」幼い頃、私と正反対でとても綺麗だと褒め称えられていた王女様を一目見ようと、真似をすれば父さんも母さんも私に優しくしてくれるんじゃないかと考えて忍び込んだお城で出会った幼い少年は、傷だらけの私を手当してくれたのだ。初めて出会った時に驚きと、身を守りたい一心で無意識に発動したラリホーマが彼には効かなかったんだ。

ずっと秘密の友達だった。「ナマエ、ごめんね、遅くなって」謝る彼の姿を見るのは初めてで、いつも私が謝っていた。嫌われたくない一心で、ずっと…誰からも愛されなかった私に出来た、初めての友達。でも父さんも母さんもトロデーンには長く居たいと思わなかったからすぐに別の国へ引っ越したんだ。別れの言葉もエイトには言えなかった。

暴力を振るわれるたびにエイトの事を思い出して心を慰める夜は減っていった。今の今まで全部、自分の事しか考えられないぐらいに傷ついてしまっていた。本当は、自分を愛してくれる人がただ一人いればそれで良かったけれど、幼い頃も今もエイトにそんなもの求めるなんてと思っていたんだ。


「……ねえ、本当にこんな私に愛をくれるの?」
「うん。同情とか、哀れみかもしれないけど、でも…ナマエを助けたいと思ったから」
「探し当ててくれただけで、死んでもいいってぐらいに幸せよ、私」
「このお城はまだ君に必要?」
「必要は元々なかったけど、でも、……ううん、いいわ」


ありがとうと告げてエイトの頬にキスをした。ずっと探してたんだ、とエイトが言ってくれたからもうそれだけで十分なの。――王子様が助けに来てくれたから、もう狂ったように愛を求めなくても良いのよ。



愛が欲しくてたまらなかっただけだから

(欲しがりの願いを叶えてくれた貴方を愛します)

(2013/08/25)

*追記(09/25)
ええっと、夢主がおかしなことになってるのは大体両親のせいです。とても稀有な魔法の才能と普通じゃ考えられない膨大な魔力を伴って生まれてきたもんだから、親が魔物の子じゃないかと心配しはじめるわけです。で、教会にて神父様に悪魔かもしれないと言われ、でも夢主は人間だし、仮にも娘という存在で周囲には知れ渡っているし、でも悪魔なら苦しめられているし殺したいし、でも娘…みたいな葛藤に苛まれて、とりあえず鬱憤ばらしも兼ねて、(そもそも本質では人間ってのがわかってたからどうしたもんか分からなくて)暴力、みたいな。
で、暴力ふるってるのが知れ渡るのが嫌だから各地を転々としてたわけです。で、トロデーンが居心地悪いと思ったのは、周囲が暖かいから気まずかったんでしょうねー。亡き叫び声とか夢主は多分上げてたんだろうなーって………なんでこんなゲスい発想生まれたし……

まあその最中に一時期的にエイトと出会ってでも一時期で、子供の一時期なんてすぐ忘れちゃうもんだから夢主は愛を求めて歪みに歪んで幻術系の魔法を極め街を一個丸々潰して自分のお城を作り上げちゃったわけです。で、そこをエイトが助けにくるかんじで。ありきたりっぽいなーって事でお蔵入りになったやつです。